Vol. 22 「必要だと思ったことを淡々と続けること。そうすることで世界が変わり、自分にとっても正しい人生の意思決定につながる」

CATEGORY : その他
shin-san

NPO法人Living in Peace理事長
投資ファンド勤務
慎 泰俊

1981年東京生まれ。モルガン・スタンレー・キャピタルを経て、現在はプライベート・エクイティファンドにて投資プロフェショナルとして働く。その傍ら、「貧困の終焉」に触発され、NPO法人Living in Peaceを設立し、理事長を務める。朝鮮大学校政治経済学部法律学科卒(人権)、早稲田大学修士課程修了(ファイナンス)。

【2013年1月17日公開】

ドラマチックなことではなく、自分が必要だと思ったら淡々とそれを続ける。続けると習慣になって苦しいことではなくなってくる

どのような学生生活を送っていましたか。また大学卒業後、海外のビジネススクールを目指し、将来はプライベート・エクイティ(PE)(*1)の仕事をしようと思った経緯を教えてください。
学生時代は勉強ばかりしていました。本、特に古典をずっと読んでいましたね。お金がなかったので、早稲田通りにある古本屋で岩波文庫の古典を片っ端から買いました。法学部だったのですが、法律の勉強自体にはさほどのめり込むことができず、関心のあった人権問題について必死に勉強していました。他にやったことと言えば、人権系の国際NGOでのインターンや、大学から始めて今も続けているドラムの演奏などですね。卒業後はとりあえず海外に行きたいと思っていて、また、若いうちなら色々な出会いやたくさんの刺激をもらえると思ったので、ビジネススクール(MBA)に行こうと考えていました。将来的に今のようなプライベート・エクイティ(PE)の仕事をするために、MBAは一番の王道だったということもあります。なぜPEで働きたいと思ったかというと、実際に勤めている人の話を聞いて、面白くやりがいのある仕事だと感じたからです。会社をよくすることは従業員の幸せや税収増加につながる立派な社会貢献になると思っていたので、日本の企業を強くしたいと考えたのです。実際に大学院への入学と同時に投資銀行での仕事を始め、主にミドルオフィス(*2) の仕事で財務モデルを作る業務等に携わっていたのですが、自分が思い描いていた通り楽しく働けました。


*1:投資ファンドの一形態。未公開株式または事業に対する投資を行い、経営支援等を行ってその企業や事業の価値を高め、株式公開や第三者に売却することを目的としたファンド等
*2:市場や取引相手との間で契約をまとめるフロントオフィスのサポート・チェックをする部門
その後、慎さんは金融のプロとしての道を歩みながらNPOの活動もパートタイムで始められるのですが、その時の経緯を教えて下さい。
金融を通じて社会を良くしたいと考えていたのですが、社会貢献をしようと思っていても、本業だけでは目の前の仕事にいっぱいいっぱいになり、そのような気持ちが薄くなりがちでした。それで、自分の当初の志を忘れないために活動を始めました。このような理由で社会貢献活動を始める人は少なくありません。僕の周りだけかもしれませんが、外資系企業で忙しく働いている人の中でボランティアをやっている人の割合はけっこう高いと思いますね。最初は勉強会がいいと思って、開発経済研究会という勉強会を始めました。月に1回、規模は10人くらいで始め、少ない時は3,4人でやっていました。人は減ったりしたけど、続けていると変わるもので、Living in Peace(NPO法人)の設立につながりました。
なぜ、今もパートタイムでの活動を続けているのですか?
理由は二つあって、一つ目は、このような働き方が特別なものではなく、この先当たり前になると思っているからです。将来的には、多くの人がパートタイムの活動を持つようになると思います。昔の日本みたいに終身雇用が当然だった時代には、本業というものが明確にありましたが、今後は終身雇用自体がなくなると思います。20、30年もすれば副業というコンセプトは希薄になり、フリーランスでの活動がもっと増えるでしょう。そんな過渡期の時代にパートタイムで働ける組織のモデルを作れたら面白いし、社会的にとても意味があるかなと。もう一つは、インターネットが発達した今、働く人が本業以外に少しでも社会のために時間を使えば、すごく大きな価値を生めるのではないかということ。これまでは技術的に、沢山の人が少しずつ働くことで大きな価値を生むことは難しかったのですが、例えば今では、一人のフルタイムスタッフが1日8時間の労働で生み出せる成果を、8人のパートタイムスタッフが1日1時間働くことで生み出せると思います。
また、今やっているパートタイムの仕事は異業種の方と一緒に働くことが多く、各々の強みを理解し、それを適宜利用して仕事を進めることで成果を出せるので、そういった経験を通じて成長することもできます。本業との兼ね合いでも意味があると思いますよ。このような活動は、そこから生まれる付加価値という点からも、起業しフルタイムで社会貢献するのとは別もので、たとえ今後起業する機会があったとしても、パートタイムでの活動は続けようと思っています。例えば、児童支援はビジネスとして成り立たせるには大変で、起業は難しいと思うのですが、支援活動自体は続けたいと思っています。それはパートタイムだからこそできることです。
金融の仕事でお忙しい中、どうやってNPOの活動へのモチベーションを保つのですか?
何かを続けるのにモチベーションはそんなに重要ではありません。大事なのは習慣にすること、責任感を持つことです。給料をもらっている仕事が優先なので、それが忙しいとNPOの活動はたしかに大変ですが、1度事業を始めたら責任があって、簡単にやめられるものではなくなります。特に僕は始めた人間なので、途中でやめるわけにはいかないんです。やると決めたらやる。3か月何かを続ければそれは日常になります。その3ヶ月を乗り切るのにはモチベーションは役に立つでしょう。別にドラマチックなことではなくて、必要だと思ったら淡々とそれを続ける。続けると習慣になって苦しいことではなくなるんです。人間の習慣の力は偉大です。続けていると、周りからは大変そうに見えるけど、自分にとっては大変でなくなる。僕にとって「続ける」とはそういう意味を持つことなんです。脳科学で人間のモチベーションは枯渇するということが言われています。特別意志が強くて、努力を続けられる人がいるわけではなく、そのように見える人は意志の力が必要でないように習慣化しているのです。それが日常なので何とも思っていない。例えば僕も苦手なこと、普段やっていないことをやっていたら辛くて投げ出したくなる。要は慣れるまで頑張れるかどうかなんです。意志の力は有限で、人間の起きている時間のようなもの。それを有効活用することが大切で、新しい習慣を作るために、意志の力を使うべきです。そして、新しい習慣を作り終わったら、また違うことを始める。きれいごとを言うのは簡単だけど、日々の生活にどれだけ組み込んでいるのかが重要なんです。僕は、特に才能に恵まれたわけではないのですが、何かをコツコツやることは得意で、そのコツコツした努力のおかげでここまで活動することができています。
最初に海外向けのマイクロファイナンスに関する活動を始められたとのことですが、なぜカンボジアで行うことになったのですか?その後、なぜ日本の貧困問題に対しても活動を始められたのですか?

カンボジアの農村部の朝

カンボジアにした理由は3つあります。まず、アジアで近いということ。GDP per capita(一人当たりの国内総生産)が低いということ。マイクロファイナンスの規制がよくできているということです。実際に現地に行く前に、カンボジアで投資を行うと決めて計画を立て、その後現地での活動に移しました。人間はどんな環境でも生きていけるので、カンボジアの人々も与えられた環境で真面目に暮らしていています。みんなドラマチックな状況を想像するけど、そのようなことはありません。ただ、日本と違って、真面目にやっていても、思うようにいかなかった時に、生活が一気に苦しくなるという現状があって、それは変えた方が良いなと思いました。かわいそうとかそういう感情はあまりありません。みんな対等な人間なのでそう思うこと自体が逆に失礼だと思っていました。現地に赴くと分かりますが、物質的に豊かでないという点では大変ですが、日々の生活という点では楽しいことはたくさんあるんです。一方、日本では飢え死にはしないけど、貧困の種類がすごくジメジメして陰鬱で、精神的に大変です。これらの大変さを比較することは難しく、どちらがより大変とは言い切れません。僕にとっては、日本の貧困問題と途上国の貧困問題、どちらも取り組む価値があると思ったので、どちらも取り組むことにしました。

ときどきビジョンも考えるけど、まずは行動する。自分の目の前にやることをただひたすら一生懸命やることで自分の天職に気付く

慎さんは、中学時代にあったいじめが嫌で、高校に入ってそれを同級生みんなで解決したそうですね。周りのことをより良くすることに生きがいを感じると前から思っていたのですか?
中学生とか高校生の時は全く思っていませんでした。ただ単に自分がいじめられていたから、いじめをなくしたいと思ったんです。怖いけど、言ったら後戻りできなくて続けるしかなかった。そしてやってみたら、それが喜ばしいことだと分かりました。頭で考えた自分がやりたいこと=天職というのは間違っている場合も多く、逆に成り行きでやってみて、それが天職だと気づく場合は正しいことが多いと思います。僕が当時やったことはそういうこと。正義感ではなくて、自分の中学時代の嫌な経験を変えたいと思っただけなんです。経験で得たことの方がやりがいにつながることが多く、それは本などで勉強して覚えるのは無理で、何かをやってみて初めて感じられるもの。だから学生にとってアクションする、行動を起こすことは非常に重要だと思います。そういう行動の積み重ねが人のいろんな能力を積みあげてくれます。それがより正しい人生、意思決定につながるんです。「ソマティック・マーカー仮説」というものがあって、ざっくり言うと年をとった人の直観は正しいということなんですが、それは、年齢を重ねたからではなく、いい経験をしてきたから得られるものなんです。それを意識的に作るのはとても大切だと思います。
何かアクションを起こす時には最終的な目標を設定されていますか?
その時々でやらなければいけないことは変わっていくので目標を固定するのはよくないと思っています。変化を予測することは難しいので、その時々の状況にすぐに対応することが大切。大切なのは未来のビジョンではなく、もうちょっと自然で、シャカリキではないことなんですよ。黙々とやっていて、ときどきビジョンも考えるけど、まずは行動する。自分の目の前にあるやるべきことをただひたすら一生懸命やる。意志とかエゴではなく、もうちょっと自然な形で足を進めることが、僕が続けていることで、それはすごく静かな世界なんですよ。こういう考えはマラソンで学びました。ウルトラマラソンで200kmという長距離を走った時、時間が経っていくと自分の意志だけでない何かで動かされていると感じました。これは言葉では通じないと思いますが、足が折れそうなのに、残りまだ50km走らなければならないというような経験によってわかるんです。最近はありがたいことに脳科学がそれを認めていて、体と脳はつながっていると分かっています。性格やものの見方、考え方ってなかなか勉強では身につかないですよね。つまり、身体知なんです。体を動かしてそれを覚えるのは大切です。
どんなに苦しい状況でも、コツコツ進める。これは本当に大切で、大きな変化に通じると思っています。例えば、今の活動でもメンバーが抜けるなんていうことはコントロールできないです。ただ、続けることでよくなるはずと信じています。続けると何かが変わる。続けるとなぜ変わるのか分からないですけど、僕は高校生のときにいじめを解決した時も含め、自分で周りのことを変えるときにこの考え方をテーマとしています。続けているとみんなが見てくれるんだと思います。良いことを言うのは簡単ですが、続けているかどうかを周りはすごく見ていて、それが嘘くさいと信じてくれない。行動を見るのが一番確実だということですかね。

在日朝鮮人として日本で生活することで価値観に影響はありましたか?

ホームステイ先の家族の皆さんと共に

僕の場合、必ずしもネガティブな方向には作用していないですけど、影響はあると思います。現在はインターネットで在日韓国人・朝鮮人と検索すると、百万の悪口があります。もう大人だから良いけれど、子どもが見てしまうと大変だと思いますね。今の世の中は情報が簡単に得られる時代なので、それらから子どもたちを守る術がありません。具体的に嫌なことと言えば、海外旅行は不便ですね。在日コリアンの大半の人は韓国籍を持つのですが、いまだに僕は「朝鮮籍」という国籍で、法律的に無国籍のまま。これは、日本の戦後に出てきた不思議な状態が続いているからです。この点について僕は実際に不便を感じているわけですが、本当は、人は生まれた時点で不便を感じたり不当な差別を受けたりするべきではないと思っています。また、不便を感じているからといって自分の信条を変えてしまうことは間違っている気がするんです。例えば、ゲイに対する差別が残っている日本で自分がゲイだとします。科学が発達し、ゲイでなくなる手術ができるとしても果たしてそれが正しいのかって思うんです。生きにくいから、周りがどうだからで自分が生まれ持った何かを意図的に失うことが正しいのか?それは正しくないと思うんです。人間というだけで不可侵な権利があるはず。それが300年くらいの歴史がある人権の考え方です。当然渡航の自由も含まれるはずだけれど、実際僕は海外に行くと、警察に捕まって大変な思いをします。このような考えは、在日コリアンだからというより、もっと普遍的な人権的な考え方に根付くものですが、在日コリアンとしての経験で多くのことを考える機会がありました。それはすごくありがたいことです。考えなければならないということは、神経が研ぎ澄まされるということ。いやなことがあったら、やり返しても仕方がなく、人生をかけてメッセージを伝えることが大事だと思っています。自分のきちんとした行為を通じて、反論ではないけど、こういう人もいると伝えたいと思いますね。

世界で活躍するために英語と教養は欠かせない。それができないと結局は能力が枯渇する。人間は生きている限り学び続けるべき

最近の大学生にどのような印象を持たれていますか?
最近の学生は格差が激しいですね。極端にできる人とできない人がいる。ソーシャルメディアが発達したことで、実際はそれほどでもないのにそう見えているだけかもしれないけれど、それが第一の印象です。もう一つの印象は、いわゆる意識が高いですね。不景気で、頑張らなければ就職できないという状況下で、意識が高くならざるをえないということもあるんでしょう。僕が学生の頃は、景気は悪いけど、勉強せずに、適当に飲んで遊んで就職活動だけ一生懸命やろうって感じだった。今の学生は危機感があるんだと思います。このままじゃやばいと。僕らの頃よりはるかに意識が高いと思いますね。日本で初めてのクラウドファンディングの事業を創った米良はるかさんなんかはすごいと思いますね。ただ、日本の学生は海外の学生と比較しても優秀だけど、言語能力が低いのは残念だと思います。海外の優秀な学生としゃべっていると英語はすごいけど、内容はあれ?ってこともあります。日本の学生がもしネイティブ並みに英語を喋れていたら、議論で負けないと思う。これは、学生に限らず日本人全般にいえることで、日本の優秀な経営者の方はとても素晴らしいのですが、言葉がだめだからイケてないということになっている。すごくもったいない。語学も習慣化すれば誰だって覚えられるんです。
これからはどのような人材が求められると思いますか?
これから必要な人材はT字型人材と言われています。一つ深い場所があり、あとは広い。僕は金融のプロとしての仕事に一番時間を割いていますが、特にこれからの時代は、他の分野の人とコラボすることが増えていくと思うので、他のことも分かっていないと仕事がしづらくなると考えています。特にPEはそういう仕事です。一つの案件で色々な人と仕事します。僕たちの会社から3人、弁護士5人、会計士10人、税理士5人、投資銀行の人10人くらいが集まって仕事をするので、その人たちのやっていることがわかっていないとダメです。もちろん完璧である必要はなく、彼らの仕事ができなくても良いのですが、何をやっているのかがわからないと仕事になりません。だから広くいろいろなことを勉強することは大切。こういう風に仕事ができないと結局能力は枯渇します。ひとつのことだけではやっていけない。
それでは、世界で活躍するのに何が大切とお考えですか?
世界的に活躍するためには英語と教養は欠かせないです。英語はできないと大変で、これはほぼ義務としてやるべき。TOEFL iBTで常に100点くらい取れないとダメだと思います。そうじゃないと仕事にならない。これから日本の企業も海外でやらないとダメなのは明らかで、英語ができないのはあり得ないと思う。また、様々な分野で最先端の情報は英語で流れています。僕は最近雑誌を読むときもほとんど英語のものしか読みません。質の高さが違うと思います。理由は簡単で、購読者数が多いからです。最新の情報をもとに最新の情報が出てくるので、英語とその他言語の間の情報差は雪だるま式に差が広がると思います。人類の歴史でさまざまな言葉があり、英語が最後の公用語といわれています。また、例えば将来公用語が英語から中国語になるとしても、その時にはもう機械翻訳ができていると思います。英語さえあれば、他の言語に行けるんです。将来の人はいちいち言葉を習う必要はないでしょうね。これから2,30年で自動翻訳は大きく発展すると思いますが、逆に僕らの世代は習わないとまずいです。また、教養は人間が積み上げてきた知の一番の土台です。それがあると他の分野の人のことも理解できる。教養は飾りでなくて、知の一番の根っこで、すべての他の専門を持った人と仕事する上で非常に重要です。特に歴史・哲学・文学・芸術などが重要だと思っていて、後は各専門学問分野での古典ですかね。学校でやる一般教養と同じです。僕は今も教養のための本を読んでいますし、これからもずっと続けます。人間は生きている限り、学び続けるべきなんです。
編集後記

投資ファンドでプロフェッショナルとして働きながら、パートタイムでのNPO活動で社会を変える。社会に貢献したいと思う人は数多くいても、なかなか行動に移せる人は少ないです。様々な困難に立ち向かい、自分の思いを実践している慎さんはさぞかし情熱的なパーソナリティー、強い意思をお持ちなのだろうと思っていました。また、そこにたどり着くまでにどのような思いを持って歩んでこられたのかとても想像つきませんでした。お会いしてお話を伺うと、すごく淡々と、地に足のついたこれまでの活動、キャリアに関するお考えを聞かせてくださいました。そのギャップがとても印象的で、自分が到底たどりつけない位置にいると考えていた人が、そこに行くまでにはコツコツ一歩一歩登って行ったのだと感じられました。

大芝 竜敬(会計研究科修士2年)