Vol. 26 「”make”でなく”create”、無から何かを創り出すことに挑戦してほしい」

CATEGORY : その他
toda-san

通訳・翻訳家
戸田 奈津子

東京都出身。津田塾大学英文科卒業後、生命保険会社の秘書を経て、フリーで通訳・翻訳の仕事を始める。清水俊二氏に師事し、初の字幕翻訳作品は『野生の少年』。その後、来日時に通訳についたフランシス・F・コッポラ監督の推薦で『地獄の黙示録』(1980年日本公開)を担当。日本の映画字幕翻訳者の第一人者として認められ、1992年、第1回淀川長治賞受賞。現在までに合計約1500本の字幕翻訳を手がけ、第一線で活躍。

【2013年4月30日公開】

何かを願ったら叶うなんてそんな甘っちょろい考え方ではだめですよ

どのような学生時代を過ごされましたか?
わがままですから、嫌いなことはしない主義。部活もやったことないし、スポーツは大の苦手。今と違って娯楽のない時代でしたから、戦後の焼け野原の中の唯一の楽しみであった映画にとことんはまりました。友達に講義の代返を頼んでまで観に行くほど、映画に夢中でした。
就職活動など競争の厳しい今の学生さんと違って、当時の私は将来のことなどあまり考えないノー天気な学生でした。大学の卒業が迫り、イヤでも先を考えねばならなくなって初めて「字幕翻訳の道」を考えました。自分の好きなものの二本柱である映画と英語の両方に携われるし、映画もタダで観られそうという都合のよい理由からです。在学中は、バレエ団が来日した時に単発で通訳のアルバイトをした程度で、会話力は見事にゼロでした。
その後、翻訳のお仕事が入り始めるまでに20年の下積み時代があったと伺っています。どのようなお気持ちで過ごされていましたか?
「もしかしたら、明日チャンスが訪れるかも」という、縋る思いで日々暮らしていました。もちろん不安でしたよ。外から見たら完全に今で言う「フリーター」で、私が字幕翻訳を志しているなんて分からない。下積み時代の20年間、キャリアの「分かれ目」が何度かありました。他の仕事のオファーを頂いたということです。しかし、翻訳の道と並べてみると、どうしても字幕翻訳を選んでしまうわけです。プライベートの場で、例えば結婚という問題になっても、結局こちらを選びました。選択を迫られたとき、その都度非常に悩み、考えて結論を出したわけですが、だからと言って20年間、悲壮な思いで暗い顔をしていたわけではありません。自分が選んだ道だからという落としどころがあったからです。結局はすべて自分の気持ちの持ち方と覚悟です。

諦めずに20年間という年月をかけた末、チャンスを掴まれた戸田さんですが、「夢は願えば叶う」と思われますか?
何かを願ったら叶うなんてそんな甘っちょろい考え方ではだめですよ。そんなに生易しいものではない。「夢を抱けば叶う」という言い方は誤解を招くと思います。何かに賭けるということは、私の場合、未来への確証が「無」のものに賭けたわけですから、叶うか、叶わないかの確率は50%ずつだと考えなければなりません。叶わなかった場合をちゃんと見ておくことは不可欠。良い方だけを考えて最終的に叶わなかったら怖いでしょう? 両方考えて、それでもやりたかったら挑戦すればいい。私も叶わない確率を考えたし、誰も保証してくれない中、いくら頑張っても自分の描いた通りにならない場合もあるという不安と戦いつつ、50%のチャンスに賭けたのです。もちろんただ願っていたわけではなく、夢を掴むために自分で考え行動し、努力しました。だめだったら自分の責任、誰も責められないことを覚悟の上で。たまたま私の場合は20年経って叶いましたけれど、それはケース・バイ・ケース。一生叶わないという可能性も厳然としてあったわけです。

人間、過剰の自信を持ったら最後。自信がないから先に行けるんです

今のお仕事につながるまでにどの時点で英語力には自信がつきましたか?
今でも自信なんてないですよ。自信はある意味、危険だと思っています。自信がないから先に行ける。自信を持ってしまったら達成したと思ってモチベーションがなくなるでしょう。そこで成長は止まってしまうんです。
大きなお仕事を任された際、今でも不安やプレッシャーはつきまといますか?
常にベストは尽くしますが、100%完ぺきと思ったことはありません。この世の中、どんなことでも、必ず誰かどこかで非難する人がいます。あらゆる人を満足させることは不可能なのです。ですから周囲を気にしていたら絶対前には進めない。ベストを尽くして100%までいかなかったとすれば、それは自分の力不足。でも少なくともベストを尽くしていれば、その自覚が救いになると思います。
どういう瞬間にこのお仕事をやっていてよかったと思われますか?
やっぱり映画が好きですから、映画を観た人が「面白かった、楽しい映画だった」って言って下さるのが一番嬉しいです。映画を楽しんでもらうためにやっているのですから。字幕がいいなんて感想ではなく、ただ「ああ、楽しい映画だった。良い映画だった」と言って下されば字幕の役は果たせているわけです。

偽らないで定価どおりに見せること。自分を全てオープンにするとうまく付き合えるんです

戸田さんの学生時代に比べて今は英語に触れる機会が多くなっていますが、日本人は外国に対してオープンに、いわゆる「グローバル化」したと思われますか?

英語に遭遇する機会だけで言ったら比べ物にならないほど増えたと思います。私の子供時代は戦争中で、中学一年で初めてアルファベットを見たのよ。今は町中にアルファベットやカタカナ語が氾濫しているし、幼稚園から英語を勉強するって時代でしょう? その割に、日本人はなぜ今もってこんなに英語が苦手なんでしょうねえ。戦争が終わった70年前、「これからは英語が必要だ」と、あの時点から皆が言っていたのです。ところが70年経った今もそれは変わっていない。日本人の悲願の一つでしょうね。テクノロジーの進歩、世の中の急成長と比較してみると、日本人の英語力だけは、ほとんど横一直線です。

外国人から話しかけられると逃げて行く光景を今もよく見かけますから。一つには、島国であるがために外国人と接触する機会が少なく、外国語を苦手とするDNAが血の中に入っているのかもしれません。島国であったがために、日本人の精神、和を重んじる気風とか、独特のメンタリティーが生まれて、ユニークな環境がつくられた。だからすばらしい文化が育ったわけですが、その反面、国境線一本で隣国と接する大陸の人々と違って、外国人と接する時に「構えて」しまう。それが語学学習の妨げになっていることも原因の一つかもしれません。

では、付き合い下手な日本人でも実践できる、メンタリティーや文化の異なる外国人と接するときのコツのようなものはありますか?
人対人の付き合いは国対国のそれとは違う。国家間であれば色んな利害損益が絡み、関係が思ってもいない方向へゆがむこともありますが、人対人には共通の原理が働くと思います。つまり、自分がボールを投げたら、相手もそのボールを同じように返してくれるということです。

私は相手が誰であろうと、素のままで付き合うように心がけています。映画のスーパースターとの仕事が来ると、「あの人は気難しいらしい」とか「扱いにくい人らしい」とか、いろいろな噂を耳に吹き込まれます。最初のころはそれを信じて緊張したものですが、実際は99%がガセネタなのです。たとえばロバート・デニーロは映画では強烈なキャラクターを演じますが、ご本人はまるで違う。優しくて物静かな、付き合いやすい方です。お会いして、自分の目で見て、初めてどういう方かを判断できる。そういう例に何度も遭遇して、人と接する時は自分の目で判断し、また相手によって自分を変えてはいけないということを学びました。「私はこういう人間です。これ以上でも、これ以下でもない」と自分をオープンに見せる。自分を大きく見せようとしたり、反対に卑下するような付き合い方はもっての他です。気後れする必要もありません。

日本はかつて西欧に比べて技術が遅れている時代もあったけれど、そのかわり誇るべきすばらしい文化が育った。その自負をふまえて、素のままの自分を見せれば、相手もオープンに対応してくれる。そこから真の意味での良い付き合いが始まるのです。少なくとも私の場合はそうでした。

勢いのある近隣諸国に負けずに日本がもっとグローバル化していくにはどのようなことが必要だと思われますか? 学生にアドバイスをお願いします。
もちろん語学力も必要だけれど、それと同じくらい日本のことをもっと勉強しなければなりません。外に出て行けば行くほど自分が日本のことを知らないかを切実に感じるはずです。私は外国で暮らしたことはありませんが、たまに海外に出たり、向こうの方と話していると、「自分が日本を知らない」ということを痛切に感じて、恥ずかしく思います。「もっと勉強しておけばよかった」と。今の若い方々は海外に進出し、語学力もつけている。それはすばらしいことだけど語学力が全てではありません。自分の国を知り、人間としての教養を身につけてから、自分が専門とする道を目指すことが重要です。

日本語という切り口で見ると、以前はごく当たり前に使われていた表現を翻訳で使うと「若い観客が読めない。理解できない。だからもっと平易な表現に変えてくれ」と映画会社からクレームがつきます。情けないことです。平易な日本語にレベルを下げるから、美しい日本語はどんどん淘汰されて、貧しい言語になってしまう。これを食い止めるには、良い日本語の本を読んで頂きたい。「正しい文章の書き方」などのいわゆるHow toものではありません。古典でも現代ものでも、自分が抵抗なく受け入れられる良い文章を読んでいく。もちろん一朝一夕で日本語の能力や教養が身につくわけではありません。時間をかけて、じわじわと身に沁み込ませるものなのです。自分の国のことを知らない人間が海外で評価されることは絶対にありません。
今の時代、コンピューターだって良質の翻訳をしてくれます。でもコンピューターに教養があるでしょうか? コンピューターにモーツァルトの音楽が作れるでしょうか? シェイクスピアの作品は? インプットされたデータを操作・処理する驚くべきキカイではありますが、自ら思考する能力は持ちません。人間の脳だけが無から有を創りだすことができるのです。今や全世界、何十億の人間が平等に「共有」しているコンピュータを使いこなすだけでは意味がありません。他人が思いつかないことを思いつき、できないことをして初めて突出した存在になれるのです。

無から何かを創り出す。それが次の時代を担う方々に私が期待することです。”make”でなく”create”する。早稲田で学び、将来、日本のリーダーシップを担ってゆく皆さん方の挑戦を見守りたいと思います。

編集後記

20年もの長い下積み時代を経てやっと憧れの職業に就かれた戸田さん。「ありのまま」の姿から紡ぎ出されるお言葉は、恐ろしいほど現実的だった。夢を持つ学生には勇気を、夢のない者には希望をくれるようなあたたかい励ましのお言葉を期待した私の問いかけに、「『夢を抱けば叶う』なんてあなた、そんな甘っちょろい考え方じゃダメよ」とバッサリ。一瞬泣きそうになった。小一時間、辛辣な分析やため息混じりの批評が続いたが、それでも、救いの言葉やヒントはちゃんと残してくださった。
プロとしてやっていける席数が限られた字幕翻訳という世界で、稀少なチャンスを一つひとつものにし、今のポジションを確立された戸田さんだからこそ紡ぎだされる言葉にはずっしりとした重みと説得力がある。最後は握手でお別れだったが、これからの日本の未来を背負っていけとバシンと背中を押して頂けたような気がした。

田邉 祐果(国際教養学部4年)