Vol. 12 「今の日本人パスポートは天から降ってきたわけじゃない。未来の日本人へのリスペクトを賭けて戦え」

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英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト、香港フェニックステレビコメンテーター
加藤 嘉一

1984年静岡県生まれ。2003年高校卒業後単身で北京大学留学。同大学国際関係学院大学院修士課程修了。英フィナンシャルタイムズ中国語版コラムニスト、北京大学研究員、香港フェニックステレビコメンテーター。年間300以上の取材を受け、200本以上のコラムを書く。最新書「いま中国人は何を考えているのか」、「北朝鮮スーパーエリート達から日本人への伝言」。

【2012年2月23日公開】

大事なことは一分間ですべて伝えろ

加藤さんの名刺(名前のみ表記)の真意はなんですか。

加藤さんの名刺

加藤嘉一だから加藤嘉一と書いてあります。グローバルで活躍するために名前は必要条件というよりも十分条件です。日本では、どうしても肩書きや会社で人を決めてしまいますよね。例えば、部長や課長というだけでこの人はすごい、すごくないと決めてしまう。でも、海外ではそれは全く通用しませんよ。僕は一昨日シンガポールで開催されたある会議に出席してきました。その際もこの名刺を使用しましたが、肩書きは全く関係ありませんでした。名刺よりも眼力だなと感じましたね(笑) ただ一方で、名前は非常に大事です。名前は両親からもらったものだから、それを大事にするのは人として当たり前。きっちり名前で勝負するというのは最大の親孝行だと思います。
名刺以外に、自己紹介の場で心がけていることがあれば教えて下さい。
例えば、一昨日の話です。僕は、そこで会った方と、今シンガポールでこういうことをして、なぜ来て、何に悩んでいて、だから君とこういうコミュニケーションが取りたいんだと言って、握手するんです。それがすべてです。これを、1分間で常にプレゼンテーションできるようにしておけば、グローバルで戦えますよ。逆に日本の方だと永田町でも霞が関でもいいけど、名刺だけ渡して帰る。これは資源の無駄じゃないですか。日本の学校に提案したいのは、自分についての1分間プレゼンです。まず小学1年生で日本語で、高校1年生では英語で、社会人からは中国語がベストだけれども第2外国語でそれをやれるようにトレーニングするんです。内容は、成長するにつれて常にアップデートしていきます。ぜひ公立でも私立でも学校でホームルームの時間でやったらいいと思いますね。
加藤さんはいつごろからグローバルを意識していらしたのですか。
グローバルという言葉を知ったのはここ10年くらいだと思いますけど、幼いころから世界はずっと意識していました。5歳くらいの頃から、趣味は地図を見ることだったんです。スリランカの首都の名前はなんでこんなに長いんだろうとか、なんでフランスにはいろんな人種の人がいるんだろうとか。そういったことをイメージしながら地球儀を回していました。地図を見始めたのは自然にというより一種の反抗心。生まれた地域がとても保守的な所だったので、なぜ自分が起こしたアクションに対して、他人は潰しにかかるんだろうか、と常に閉塞感を感じていました。それを確かめるためには、物事を客観化する、相対化するしかありません。まず、日本のほかの都市に行ってみる。それでも分かりません。日本は均一化した社会ですからね。このとき、既に海外に行きたかったのですけど、人間1つの事をやるには3つ必要なものがあります。意思と能力、そして条件です。この3つが揃わないと難しいです。結局、意思と能力はあったと思いますが、なかなか条件が揃わなくて海外に出るのが18歳になってしまいました。

ピンチはチャンス。物売りのおばさんとの語学レッスン

中国語はどのように勉強しましたか。
北京大学で勉強していた当時、SARSの流行で授業が全部休校になったんです。在北京日本大使館が、日本人に対して強制帰国勧告を出していました。当然僕は帰らなかったけど、周りに日本人がいなくなったわけですよ。でも、ピンチはチャンス。なんとかして周りの人々とコミュニケーションをとって中国語を学ぼうと考えました。具体的には北京大学の西門で物売りをするおばさんと仲良くなったんです。だから、そのおばさんが僕の中国語の先生ですよ。最初はまずおばさんからアイスを買って握手をすることから始めました。それからは、おばさんの所にとにかく毎日通いました。1日8時間くらいひたすら会話するんです。話のネタを探すのに大変でしたよ。その時の1日のスケジュールは、まず4時半に起きて、辞書ひいて勉強してラジオ聞いてランニング行って、帰ってきたら簡単に朝食。朝8時くらいにはおばさんの所に行って夕方4時とかまでずっと会話していました。話をしているといろんな人が会話に入ってくるんです。おばさんのネットワークってすごいんですよ。
現地の方と交流するなかで、中国語以外に学んだことがあれば教えて下さい。
僕が思うに中国人は、ネットワーキングとインテリジェンスに長けています。どこの国にでもチャイナ・タウンを形成してしまうのですから。日本人にこれができますか?できないじゃないですか。海外で日本人だけで仲良く一緒に行動することと、コミュニティを形成したうえで他国の経済に参加することは全く異なりますよ。また中国人社会は相互不信の社会です。彼らは他人と接するとき、常に疑ってかかります。日本ほど性善説な社会はないですよ。他人を疑うこと、批判的に物事を見ること。このクリティカル・シンキングが大事です。僕は、中国人は全体的に、何をするときも上手にカーブを投げる、という印象を持っています。ユーモア・センスも実はあるんですよね。ただ礼儀正しくしているだけでは生産的でないと分かりました。中国語はもちろん、物売りのおばさんからは様々なことを学ぶことができました。日本人みたいに簡単に他人を信じてはいけないんですよ。自分なりに情報へのアプローチの方法を持つことは重要です。情報を鵜呑みにしていてはだめです。僕の場合は2つの国境を越えて新聞が同じことを言っていたら初めて信用できると思います。正しい見方、正しい情報にどうやってアプローチするか自分なりに構築しなくてはなりません。日常の中で自分で鍛えていく必要があります。これは新聞記者になるにしても、学者になるにしても、ビジネスマンになるにしても非常に大事なことですよね。
どのようにして人的ネットワークを構築することができたのですか。
通訳の仕事がきっかけです。最初は、翻訳が一番知的で良いバイトだと思って必死に勉強しました。HSKという試験を受けてスコアがよかったので、中国に着いて3ヶ月後には翻訳を始めました。1年後には逐次通訳、そのまた半年後には同時通訳をすることができるようになりました。そのときに僕は、単なる通訳で終わらせずに様々なところに入って行きました。例えば、僕が中国の大物政治家と知り合ったのは人民大会堂という日本でいう国会にあたる場所です。そこでの会議に通訳として参加したんですね。まずは、きっちり通訳の仕事をこなします。そして、休憩のときに政治リーダー達の様子を窺いながら、トイレであえてぶつかったり、椅子にかかっていたスーツの上着を落としたりしてね。「あっ大丈夫ですか。落ちましたよ」って拾ってあげるんです。すると「ありがとう。君は優しいな」となります。そうやって会話の機会を自ら作っていました。クリエイティブにアクティブに人的ネットワークを拡大していきましたよ。

海外に出るのはローリスク・ハイリターン、さらにローコスト

海外で生活することで、どのようなことを感じましたか。
日本に対しての愛国心が芽生えたこと、それから現地の人々から見たら自分が日本代表であるということですね。中国で様々な国の人々と語ることで、自分が日本人であるという意識は自ずと高まりました。自分は幼いころから日本が嫌いでした。でも中国の人から日本を誤解されたり、批判されると悔しかった。日本が嫌いだったはずなのに悔しかったんです。これは健全な愛国心だと思います。また、自分は加藤嘉一個人としての意見を言っただけのつもりであっても、外国人にとってはそれが日本人全体の意見になってしまいます。これは非常に責任を伴うことです。だから、まずは何より日本の国際社会における立ち位置や歴史をしっかり勉強することが大事ですね。国際社会で日本人としての意見を聞かれても、何も答えられない。それはとても恥ずかしいことですよ。
学生にメッセージをお願いします。

2010年、「中国時代騎士賞」受賞インタビュー

自分達がいかに恵まれているか知ることです。他国の学生と比べて自分達にはこれだけ情報が開かれていて、これだけどこにでも行ける環境にある。日本のパスポートを持っていれば、実際どこにでも行けるわけですよ。そのうえ今は円高です。今海外に出なかったらいつ出るんですか。一方、中国の学生は、人民元は切り上がっていないし、どこに行くにもビザが必要です。北京でアメリカのビザを取るためには、米国大使館の前で500メートルも並ばなければなりません。彼らは、そうまでしても行きたいと思うんです。でも僕は、ただ漠然と海外に出ろと言うつもりはないです。就活をするか、大学院に進学するか、留学するかなど、学生の皆さんも迷っているはずです。そんな人に僕からのアドバイスです。まずは選択肢を広げましょう。そしてどの選択肢が一番いいか決定するための視野を広げましょう。何か新しいことをしたいと思うのは、現状に不満を抱いているからです。それを違った視点、場所を変えて自分って何だろう、自分って何がしたいんだろうと考える事は非常に大切です。しかも学生のうちに海外に出るのはローリスク・ハイリターン。さらに今はローコストです。迷っていて新しい視点が欲しい。そんな時は留学でも海外旅行でも行く。自分を非日常に連れていくことです。そもそも、今日本人が海外に行きやすいのは、先人が汗水たらして必死にやってきたから。だから今のパスポートがあるんです。天から降ってきたものではないんですよ。日本のパスポートが今後どうなっていくかは、我々一人ひとりの日本人にかかっています。自分の海外での振る舞いが今後のパスポートにつながって、未来の日本人が国際社会でどれだけリスペクトされるかにつながるという意識が大切です。そうすれば緊張感が生まれるでしょう。緊張感が生まれたら人は真剣になるんです。
編集後記

インタビュー中、ほとばしる情熱で答えて下さった加藤さん。圧倒されました。一言一言に今までの経験からくる重みを感じました。ものすごく辛く、ものすごく苦しい時があったと思います。でもそれに歯を食いしばって耐え、見えてきたものだからこそ聞く人の心に入ってくる説得力があるのではないでしょうか。「パスポートは天から降ってきたものではない」という言葉が特に強く心に残りました。私達は、海外旅行しようかなと考えたり、留学するかどうかを悩んだりしますが、選択肢があること自体に感謝しなければと感じました。次の世代のためにも、先人が切り拓いてくれた道のその先をさらに切り拓かねばと思います。

相原 亮(基幹理工学研究科1年)