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Vol. 27「汗にまみれるような早稲田力、行動力、情熱を持ち、人が嫌がることでも苦労をいとわないこと」

CATEGORY : 大学
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早稲田大学理工学術院教授
藤井 正嗣

福岡県生まれ。早稲田大学理工学部数学科に入学後、カリフォルニア大学バークレー校へ留学、同校数学科および修士課程卒。帰国後、三菱商事株式会社へ入社。クアラルンプール支店マネージャー、米国食料子会社会長兼社長、人事子会社取締役人材開発事業部長、本社人事部国際人材開発室長、などを歴任。1999年にハーバード・ビジネス・スクール上級マネジメント・プログラム修了後、インド冷凍物流合弁会社エグゼクティブディレクター、グローバルイングリッシュ・ジャパン代表取締役社長などを経て、2004年より現職。

【2013年5月30日公開】

英語で数学を勉強、一石二鳥で思い立った留学

どのように英語力を身に着けられましたか?
小学3年生の時に、九州で生まれ育ち海外に一度も行ったことのない母が突然、「これからは英語が大事になる」と言い、中学生向けの英語学習塾に私を放りこんだんです。そこではただぼーっと座っていただけでしたが、それでも中学に入学した時には、すでに中学英語の教科書はひと通り終えていました。高校に入ってからは特に勉強しませんでしたが(笑)
大学に入学した頃は、早稲田の理工は1年目から専門の勉強をさせてくれるので、自分の専門性を深めつつ、他にも打ち込めることをしようと思っていました。昔から相撲が好きで強かったこともあり、武道にしようと理工の柔道部に入ったのですが、夏合宿で怪我をし、ドクターストップがかかってしまいました。どうしようかと思いながら当時住んでいた西荻窪あたりを歩いていたら、英会話スクールを発見したのでフラフラと中に入り、もう一度英語をきちんと勉強することにしました。やるからにはとことんやろうと思い、四谷にある日米会話学院の2年間のプログラムを受験、最初の一年半をスキップすることが認められ、半年で修了しました。その半年間は、数学の勉強に追われながら毎晩18時から21時まで3時間英語をみっちり勉強するというのは容易ではありませんでした。そんな時、「留学すれば、英語で数学を勉強するから、自然に両立できるじゃないか!」と思いつき、留学を考えるようになりました。
大学では柔道のほか、ESS(英語研究会)に興味を持ったのですが、劇のような決まったスクリプトを覚えて話すという勉強方法で英語に触れるよりは自分の頭で考えて話す方がいいと思い、NHKのテレビ英会話の教材で英語を勉強するサークルを自分で立ち上げました。その後早稲田理工の学生だけでなく、自分と同じようなことをやっていた東大・一橋・お茶大の人たちと「サンデー・セミナー」という合同の勉強会を開催し、今で言うインカレで活動していました。
サンケイスカラシップでの留学を志したきっかけは何だったのですか?
英語に対して意識の高い「サンデー・セミナー」のメンバーの間でサンケイスカラシップが話題になり、みんなで受けることになったんです。サンケイスカラシップ(注:現在は休止)は、アメリカに15人、フランスに10人、イギリス・ドイツにそれぞれ5人留学できる全額支給の奨学金制度で、試験は一次が英・数・国・社・理の筆記試験と作文、二次が過去の成績証明の提出、三次が英語と日本語による面接でした。当時は激しい受験戦争の時代で、厳しい競争を勝ち抜いて立派な大学に入った人たちが、さらにスカラシップを巡って競い合うという状況だったんです。アメリカへの奨学金の倍率は約100倍でした。大変な競争でしたが、運よくスカラシップをいただくことができました。留学先は、アメリカなら州立大学に限定されていたのですが、当時数学の全大学ランキングで一位だったカリフォルニア大学バークレー校に絞って出願し、合格することができました。
カリフォルニア大学バークレー校では、どのような留学生活を送られましたか?
学んだ数学のレベルは早稲田も高いとは思いますが、バークレーの数学科では、教えている教授もその世界で有名な方が多く、学生もMIT(マサチューセッツ工科大学)やハーバード大学、プリンストン大学出身の人や、インドから来た大変優秀な人が集まってしのぎを削っており、「なるほど、グローバルな競争とはこういうことなんだ」と肌で感じました。また、現地で受けた「問題解決」という授業では、Putnam Exam(全北米の大学生による数学コンテストで、例年平均点が1点という難易度の高さで知られる)で史上初の2年連続1位になったバークレー出身の方が先生でした。数学のノーベル賞と言われるフィールズ賞の受賞に近いと言われていた人です。実際にフィールズ賞を受賞した先生もいらっしゃいましたし、そういった天才のような教授の方々から直に教えてもらう機会が身近にあるのは嬉しかったですね。私もバークレー代表として参加しましたが、早稲田での勉強が非常に役に立ったと思います。
卒業後の就職先になぜ商社を選ばれたのですか?
将来の職業を考えるきっかけになったのは、ロサンゼルスでNECの採用面接を受けた時でした。「どんな仕事をしたいか」と聞かれたので、「研究室に籠っているよりは海外でいろいろな人に出会い、関わりながら仕事をしたい」と伝えると、「それなら、商社じゃないんですか?」ということになり…。そのころからグローバルな企業に就職したいと考えていたのだと思います。
6月にバークレーを卒業してすぐ日本に帰ってきたのですが、その時期にはすでに日本の就職活動の時期が終わってしまっていました。念のため就職担当の先生のところを訪ね、今からでも受けられるところがないか聞くと、「ない。もう終わっている」と(笑)。それでは、と自分で探すことにして、キャンパス近くの公衆電話から自分の知っている会社に電話を掛けました。恥ずかしながらその時頭に思い浮かんだのは、三菱商事、三井物産、住友商事、日立、日本IBMの5社だけだったんですけどね(笑)。電話をかけた時も、その後履歴書を送った時も、連絡がすぐにあったのは三菱商事でしたし、面接で他社の選考も進んでいることを伝えると「大丈夫、うちが先に決めるから」と言ってくれました。面接を受けるにあたっては、アメリカで学んだことや、大学でも大学院でも勉強していた数学という科目が企業で働くのにどのように活かせるか考えました。一つは、集中と切り替えを学んだということ。特にアメリカの大学院はもの凄く勉強に厳しいので、朝から根を詰めて勉強した後、パッと30分くらいジョギングなどの運動をして、また勉強に戻るというやり方を会得しました。それから数学で身につけた論理的思考です。数学は論理的に物事を考えるためのトレーニングであり、商社にせよ、どこでも役に立つ能力だと認識していました。
三菱商事の選考は担当者の言葉通り、あっという間に進みました。内定をもらって、ミシガン大学ビジネススクールから帰国したもう1人の同期と8月1日に入社し、日本の大学生活に戻る間もなく働き始めました。後から聞いた話では、その前の年から三菱商事は海外の大学もしくは大学院を卒業した人を最大10人、またはその年の採用人数の10パーセントを上限に採用するという方針で、その年採用された2人のうちの1人となることができました。
三菱商事での勤務時代に、ハーバード・ビジネス・スクール(HBS)へ進まれたのはなぜですか?

ハーバード・ビジネス・スクールにて

あることがきっかけで経営を学ぶ必要性を感じたからです。私は積極的に海外で働きたいと思っていて、幸運にも三菱商事でグローバルな仕事に携わることができました。20年間食料を扱う間、マレーシアで5年間駐在し、さらに最後の4年間はアメリカのメーカーの社長をしました。そのメーカーは非常に業績が厳しく、社員をリストラせざるを得なかったのですが、いざリストラを実行すると、自分が解雇した副社長に「年齢差別による不当な解雇だ」ということで訴えられてしまったんです。その時は非常に苦労しました。私は年齢ではなく本人のパフォーマンスをもとに判断したので、法廷で闘う気でいて、社員も同感で私がもし法廷に立つのなら証人になると言ってくれました。しかし、「三菱」という名前は世界的に有名ですから、当然会社は悪評を嫌います。「組織の三菱」と言われるような会社において、現地事業投資先の社長が訴えられるということは前代未聞で、伝統ある会社の名を汚すという大変なことでした。ですから本社には「訴訟をするために君を送り出したんじゃない」と反対され、最終的には調停によって解決し、裁判にはなりませんでした。その渦中で私はアメリカの法廷で初めて勝つ日本人になるんだというある種高揚した気持ちでいましたが、それは今思うと蛮勇でした。セミナーなどで指導する立場になってからは、そういったケースで重要な意思決定をする場合は、人事部や弁護士など専門の人に相談するべきだと言っています。
私は渡米前に日本でチーム・リーダーを経験していましたが、アメリカではその経験があまり役に立たなかった。そのことから、三菱商事はグローバルに事業を行っているといっても、将来海外で経営者の立場に立つための社員教育が充分にできていないのではないかと思いました。そこで、取締役会で日本に出張した際、昔私を採用してくれた人事担当者が当時人事部長をしておられました(ちなみに、この方は早稲田の政経の出身で、その後副社長にまでなられました)ので、「専門性の高いトレーダーやマネージャーは育てているけれど、経営者としての教育はできていないのではないかと自分が経営者をやってみて痛切に感じた。だから経営者育成のための人材開発プログラムを作らせてほしい」と直談判したんです。それが認められて、アメリカから帰国後、もとの食料部門には戻らず人材開発に関わり、経営者になるための教育をするプログラムを導入しました。この研修制度を整えた後は、国際人材開発室長という、三菱商事に勤める日本人以外の社員を世界中から集めて研修をしたり、キャリアをサポートしたりする責任者の役割をしていました。その流れでHBSへ進んだのです。

タフなだけではやっていけない。強さと優しさの両方が必要

そういった商社でのご経験から、グローバル人材に必要な要件は何だとお考えになりますか?
商社の仕事は面白い分、タフです。海外との取引が多いと、時差を乗り越えて仕事をすることはざらだし、日本では想定不可能なことが起きても対応しなくてはいけない。ですので、メンタル・フィジカル両方タフである必要があります。アメリカのメーカー時代に年齢差別で訴えられた時、最初は受けて立っても勝てると思っていました。しかし、相手側や本社との折衝は気苦労が絶えず、日曜日に家にいてもこのことが頭から離れない状態が続きました。こういった局面でダメになる人もいるけれど、乗り越えられる人もいる。そういう修羅場を乗り切るタフな精神力は絶対に必要ですね。
ただ、タフなだけではやっていくことはできません。フィリップ・マーロウ(レイモンド・チャンドラー作のハード・ボイルド小説に出てくる探偵)のセリフに、「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格はない」とあるように、強さと優しさの両方が必要なんです。これは小説の中の話ですが、私の尊敬する上司から「『ウォームハート・クールヘッド』、つまりビジネスの意思決定はクールにやりなさい。しかしウォームハートを忘れてはいけないよ」と言われたことがあり、まさにそうだと思いました。こういった心境にはなかなかいたらないものです。本当に大変な思いをして苦労をしないと、弱い立場にある人や解雇される人の気持ちがわからないですよね。修羅場を経験したからこそ培えたんだと思います。

インド合併会社出向時_顧客企業の幹部と

修羅場の経験も必要ですが、経営についてきちんと系統的に学ぶことも大事だと思います。アメリカの後インドで担当したユニリーバとの合弁会社は、冷凍倉庫事業を開始したばかりで厳しい状況にあり、いかに再建するかが課題でした。資金が尽きるギリギリのところで、将来性はあるということで三菱商事が増資を引き受けたんです。そして初めての日本からの出向者として現地に向かい、インド人の社長の元でナンバー2のエキュゼキュティブディレクターを務め、再建に携わりました。新規事業で「新しいインフラをインドに作るんだ」という素晴らしいビジョンでしたが、なかなか大変でした。ただ、以前と違ったのは経営の知識があったことです。アメリカのメーカーの時は何をどうしたらいいのかよく分かりませんでしたが、インドに行く前にHBSで経営を学んでいたので、この時は何をすべきかが分かりました。

研究・教育職に進まれることを決断された理由は何ですか?
バークレーの大学院生時代にティーチング・アシスタントとして授業で教えた際、「教える」ことについて考え始めましたね。そこで、生まれてから教えてもらう立場しかほとんど経験したことがなかったと気づき、教える立場に初めてなり、学ぶことに対する考えが180度変わりました。また、生徒全員が英語ネイティブの中、1人だけ日本人である自分に果たして教えることができるのかと不安に感じ、当時教わっていた著名なアメリカ人の数学科の教授に相談に行ったんですね。すると「チャンスを生かすことが最善の選択だ、ぜひチャレンジするべきだ」とアドバイスをしてくれたんです。その時、人生の節目節目でアドバイスをしてくれる存在を持っているかいないかはとても重要だと感じました。そして、自分もその立場になりたいと思うようになりました。学ぶ側も、自分が「どういう人生を送りたいのか」ということを積極的に周りに見せていく。そうすることで重要なシーンでアドバイスをしてくれる存在に、巡り合えると思うんですよね。
さらに60歳を過ぎて、自分だけが成功するステージは終わったと思ったんです。次は、周囲にGiveする段階にきていると。早稲田に戻ってきて、自分の何十年も前の姿である早大生に、自分の経験したことで役に立つことやサポートできることがあればぜひやろうと思いました。そうやって次の世代のリーダーを育てる。これに勝る幸せはないんじゃないかと思います。自分の関わった人からどれだけ優秀な人、世の中を良くしてくれる人、リーダーになるような人が現れるか、それが今最大のやりがいです。
学生には海外に出ることを勧めていて、留学を希望すれば推薦状を書くなどをして応援しています。また、グローバルに活躍するためには一生勉強し続けることが必要だと考えているので、そのプラットフォームとして「早稲田グローバルリーダーズクラブ(Waseda Global Leaders Club)」というものを運営しています。早稲田を卒業したら終わりではなく、会社で働く中で問題に直面した場合に相談しに来られるような場としても考えていますし、グローバルリーダーを目指す人に生涯を通じた学びの機会を提供しています。早稲田の学生に限らず、企業で実施しているセミナーの受講者も含め、彼らが成長するのを見守っていこうという想いからです。

人のマネではなく、日本や世界を代表するようなオリジナルのリーダーシップを実行すること

藤井先生の考える、次世代のリーダーに必要な要素はどのようなものでしょうか?

アメリカEラーニング会社の幹部たちと

自分が勤める中で経験したことや、国内外で活躍している方、HBSで会った方々へのインタビューをケースにして将来活躍できる人材になるための要件をモデル化していますので、それを私の見解として紹介したいと思います。まず、受け身ではなく、自分から積極的に難しい問題にチャレンジして解決を図っていく「問題発見・解決能力」を持つこと。次に、コミュニケーション能力。プレゼンテーションでもネゴシエーションでも、日本語でも他言語でも、伝える力がないと、相手の人に自分が何を考えているかが伝わりません。日本はよくハイ・コンテクスト文化と言われ、お互いが共通して持っている概念が多いので、多くを言わなくても伝わるだろうと思って話してしまいがちです。しかし、世の中には全部話さないと伝わらない人もいるんです。ノルウェーやスウェーデン、フィンランド、デンマークなどスカンジナビアの国々などは一般的にロー・コンテクスト文化だと言われます。そういった例は、なにもスカンジナビア諸国に限らず日本でも十分あり得ますから、国内外関係なくどこで活躍するにしても必要だと言えます。最後は、企業に勤め、リーダーとして活躍したいのならマネジメントの基礎が必要です。MBAはマーケティング・ファイナンス・ストラテジー・アカウンティングといった要素で構成されていて、そのままつまり経営の基礎ですので、勉強すべきでしょう。ただ、こうした経営科目は実践していく中で徐々に身に付くものですから、勉強だけではあまり意味はないでしょう。
グローバルな舞台に立ちたいという人の場合、この他に必要な要件はありますか?
グローバルリーダーという言葉がよくあるけれど、世界に60億以上の人がいるのに、何をもってグローバルリーダーと称するのかよくわからないというのが正直なところです。ただ、私の考えるモデルの仮説としては、第一にカルチュアル・インテリジェンス(CQ=異文化適応力)、第二にオーセンティック・リーダーシップ(ホンモノのリーダーシップ)が必要です。オーセンティック・リーダーシップとは、その人オリジナルの、日本や世界を代表するようなリーダーシップということです。ジャック・ウェルチやスティーブ・ジョブスのようなカリスマになりたいという気持ちを持つことは悪くないと思うけれど、ただ人のマネをするだけでは、ホンモノではないんです。では、ホンモノのリーダーシップを身に付けるにはどうしたらいいかというと、修羅場経験ではないかと思います。人生でおきたさまざまな出来事という事実そのものではなくて、そうした出来事についてついてどう考えるかが重要なんです。修羅場経験の中で、あれは何が起きたのか、何が自分に足りなかったのか、何がそこから学べるのかを考えること。そこから得られることが、最終的に自分らしい、ホンモノのリーダーシップを身に付ける道につながるのではないかと考えています。第三に、専門分野の力です。ほかの人にはない自分の専門分野がないと世の中では活躍できないです。単に資格を取るといった話ではなく、他の人には負けない何かを持つことです。以上の要件があればグローバルリーダーになれるのではないか、というのが今の仮説です。
世界で活躍したいと思っている早大生にメッセージをお願いします。
早稲田の学生というのは他の大学生にはない良さがあると思うんです。昔はよく、「野人」とか「バンカラ」とか言われてましたけど(笑)、そういった、汗にまみれても何か最後まできちんとやり遂げるというような早稲田力、行動力、情熱などはもはやDNAだと思うんです。ぜひそれらを生かしてほしい。人が嫌がることでも苦労をいとわない、というような気持ちを持ってほしいですね。また、早稲田にはいろいろな人材がいて、多様性・ダイナミックさにあふれています。今の学生には、それを体現する生き方をしてほしい、多少大変なことがあってもへこたれないでほしい、そう思いますね。
私を支えた言葉に、「恒に夢を持ち 志を捨てず 難きにつく」という高柳健次郎さん(日本ビクター元副社長・技術最高顧問)の言葉があります。やはり夢と志を持ち、易しい道と困難な道があるときには困難な方を選ぶと考えて頑張ってほしいですね。
また、早稲田も素晴らしいところですが、若い感性がみずみずしいうちに様々な世界を見て、体験として積み重ねてほしいのです。同質や均質という中ではなく完璧に開かれた環境で、完全にオープンな競争をするという意味でも留学を勧めます。今はどんな会社に入っても少なからずグローバルな部分があり、避けては通れません。英語を身に付けたり、留学したりして損することは何もありませんから、ぜひ積極的にチャレンジしてほしいですね。
編集後記

「グローバル人材」といっても一概に定義できる言葉はないけれど、藤井先生はインタビューや実体験からケースやモデルを作ることで、体系立てて「グローバル人材」を構成する要素を考えていらっしゃいます。その内容は、実社会で得た知識や経験と、経営学といった学問的な知見を交えたもので、とても実践的かつ客観的な内容で、とても勉強になり、目からウロコの思いでした。
また、その知識を次世代を担う学生や社会人に共有することでご自身の経験を役立てていらっしゃり、私も、将来自分の成果を周囲に還元していけるような職業人になれたらいいな、と思いました。

田邉 理彩(商学部4年)

Vol. 18 「世界はハイ・ポテンシャルズが競争している。日本のぬるま湯に浸かっている場合ではない」

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政治経済学術院教授
早稲田大学トランスナショナルHRM研究所所長
白木 三秀

1951年滋賀県生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科卒業後、同大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。国士舘大学政経学部助教授・教授等を経て、1999年4月より早稲田大学政治経済学部教授。2005年より同大学政治経済学術院教授。専門は、社会政策、人的資源管理論。

【2012年6月14日公開】

ハイ・ポテンシャルズ

学生時代のお話をお聞かせください。また、現在の研究を始めたきっかけは何ですか。
学生時代は海外に行きました。1974年だから今から38年前ですね、大学を休学してヨーロッパで約9ヶ月生活していました。当時の日本は学園紛争の時代で、自分が何をすればいいのか分かりませんでした。だから海外に行って自分が通用するか試そう、視野を広めようと考えたことがきっかけです。いざロンドンに着くと、ちょうどオイルショックの直後で、ストライキが発生していました。電気さえ点いてなくて。でも何が起きているのか分からなかったんですよ。その時に、自分がいかに知識不足かを思い知りました。留学中に芽生えた問題意識から、帰国後は大学院で「日本企業の労働」について研究しようと考えました。当時は、日系企業が海外に積極投資していたため、労働・人材分野の研究をするには海外でも調査をする必要がありました。そのため、東南アジアなどに研究調査に行くようになり、現在の研究分野につながっています。
グローバルに事業を展開する日系企業の特徴は何でしょうか。
ビジネスの形態によって異なるので、一概にこうだとは言えないと思いますが、欧米系のグローバル企業と比べると大きな特徴があります。簡単に言うと、日系企業には第三国籍人がいないのです。例えば、ある日系企業がインドネシアに投資したとします。現地支社には、日本人とインドネシア人しかいません。多国籍企業とは言えませんね。二国籍企業です。アメリカ人やシンガポール人といった第三国籍人は入っていません。欧米の多国籍企業であれば、第三国籍人はたくさんいます。日系企業には、本社の方針が外資系のそれと異なるためにできないんです。
なぜ欧米系の企業には第三国籍人が存在するのですか。
以前研究の一環で米企業の本社を十数社回り、グローバル人事部門の責任者から直接話を聞いた経験から言うと、欧米系多国籍企業は、全社員の中からエリート集団「ハイ・ポテンシャルズ」というものを入社後に識別しているためです。例えば、某多国籍企業では、世界中に700~800の子会社を持ち、総社員数は25万人を超えます。そこでは、世界中の子会社の中から、入社後数年が経過した30歳前後の社員5万人の中で、特に優秀な人材を「ハイ・ポテンシャルズ」として選別します。倍率は100倍以上です。そうして選別された人材には、(1)部門変更、(2)職能変更、(3)海外勤務という3つの特別な職務を与えるのです。(1)は医療部門から金融部門へというようにビジネスを変え、(2)は営業から経理へというように役割を変え、(3)は国を変えるのです。日本で採用された場合、何年間かタイに派遣するというようにね。だから、第三国籍人が存在するのです。
なぜ日系企業にはそれができないのでしょう?
日系企業は、日本人のみを競争させて日本人のみを出世させるシステムを採用しているからです。これからはそれを改善していこうという企業も多いですが。海外支社の現地採用スタッフで、どんなに優秀な人がいても子会社でキャリアを終えています。これまで日系企業は、「ハイ・ポテンシャルズ」を選別するシステムを持っていませんでした。世界の多国籍企業のように、世界中の子会社の新入社員が全員同期という意識がないんですね。世界を見回すと、このシステムで出世したのはカルロス・ゴーン氏がいますよね。彼はフランスで教育を受けたそうですが、就職したのはブラジルの子会社です。フランスの自動車会社・ルノーは、そこでどんどん頭角を現すゴーン氏を見逃しませんでした。その彼が今は日産自動車の社長です。

インド人に知られていない日系企業

日系企業は外国人をうまく使いこなせていないのでしょうか。
私が過去に研究した、日本で採用されて海外支社に派遣された日本人に対しての、現地における評価を分析した結果を見ると、使いこなせていないと言えるでしょうね。例えば、タイに赴任した日本人に対しての、その部下に当たる現地人スタッフの評価は一様に低いです。つまり、現地人スタッフの方が赴任した本社の日本人よりもレベルが高いということです。これは大問題ですよ。先程のハイ・ポテンシャルズの話は、就職活動で企業の人事担当者が話すこととは違うと思います。「グローバル人材」を考える時に、そのハイ・ポテンシャルズを採れるだろうか、育てられるかどうかが重要です。日系企業はまず、日本の本社の人材のレベルを上げなくてはいけません。そうしなければ、日本で留学生を採用したり、海外でレベルの高い現地スタッフを採用しても、今より難しい状況になっていくでしょう。「グローバル人材」として日本や海外で外国人を採用するのはいいことです。でも問題は、採用した外国人を使いこなせるかどうかです。
海外の学生から日本と日系企業がどのように評価されているか教えてください。
私が早稲田大学留学センター所長を務めていた当時(2006~2010年)、中国からの留学生は毎年1,500人程度来ていましたが、インドからの留学生はなんと6人だけでした。そこで、インドに早稲田への留学生を募集しに行ったんです。その時に原因がわかりました。言語(日本の大学教育は日本語オンリーだと思われている)や、奨学金(入学後しか申し込めない)の問題はありますが、それ以上に大きいのは、インド人学生は日系企業に魅力を感じていないということです。インド人にとって日系企業がとても魅力的で、ぜひ就職したいと思うならば、日本語を勉強してでも日本の大学で学びたい、と考えるはずなんですよ。彼らは、日系企業をまず知らないし、さらに日系企業の中では出世が不可能だと思っています。インドだけではなく、海外の優秀な学生たちはみんな日系企業の本社では外国人が出世できない環境にあることを理解しています。そこで現在、日系企業も評価制度を変えようと必死です。これが変わったら日本人の学生にとっては大変なことになりますよ。大学卒業の段階で、世界の学生と対等に勝負できる人材になっていなければならないのですから。

井の中の蛙になるな!

今、学生がすべきことは何ですか。
世界レベルを意識しながら勉強することです。日系企業の海外支社に赴任する日本人社員のパフォーマンスを調査すると、なるべく若いうちに海外経験を積んだ人の方が高いことがわかります。若いうちに日本の弱いところに気づき、考えることが大切です。世界レベルを知らないと、日本はこのままで大丈夫と考えて努力しないで終わってしまいます。今のままで世界でも通用すると勘違いしてしまう。視野を広げれば何をすべきかはおのずとわかります。世界レベルの人材に追いつくためには、例えば語学だって滅茶苦茶に勉強する必要があるのです。日本人として、どれだけハイ・ポテンシャルズになれるかですよ。大相撲を見てください。今や横綱や大関は外国人ばかりですよね。しかし、もしモンゴルやヨーロッパから外国人力士が来ていなかったら、日本人でもっとレベルの低い力士でも横綱や大関になれてしまうということです。すごくレベルの低い世界で横綱だ、大関だって威張ることになるんですよ。企業も同じです。世界から人材を選んでくるか、日本の中の狭い範囲の同僚だけで競争するかです。世界レベルを意識するとはそういうことです。
グローバル人材を目指す学生にメッセージをお願いします。
井の中の蛙になるな!ということですね。自分は英語が上手いから海外でも通用すると思っていても、もっと能力のある人間は世界中にたくさんいるんです。若いうちに1年間くらい海外留学すると、それを肌で感じることができます。発展途上国でも優秀な人間は、常に世界レベルを意識して勉強していますから日本人とは全然違いますよ。だから世界に出てみることは非常に大切です。自分の能力、そして日本の能力を相対的に評価することができるようになりますね。そういうことを知らないで大企業に入社すると大変です。文系学生は特に名の知れた企業に入っただけで、なんとなく世界で通用しそうだと勘違いするんですよ。実際は全く通用しません。逆に技術はあるのに語学ができないために、世界で通用していないのが理工系学生です。日本人エンジニアは、語学が圧倒的に弱いです。企業の中でも大問題になっています。英語で論文を発表する技術者は少数派で、企業内のエンジニアは基本的に全く英語ができません。例えば、日本の某大企業はインド人エンジニアを雇用していますが、日本人エンジニアは彼らの話す内容や、仕様書の英語が理解できないそうです。そこで、シンガポールの子会社で翻訳してもらうそうですよ。残念な話ですね。インド人と一緒に働ければもっとイノベーションが起こるだろうに。英語ができないためにその機会が奪われています。日本人エンジニアの英語力が上がれば、日本の国力はもっと伸びますよ。理工系のグローバル人材育成こそが大きな課題です。問題点が英語力であることはわかりきっています。少し勉強すれば1年でかなりできるようになるでしょう。英語ができない日本人はもう通用しません。世界で通用するためには何をするのかを考えることです。そのためにも。いつまでもぬるま湯にいないで世界を意識しなさい、ということですね。
編集後記

衝撃的でした。私が、当初質問しようと考えていた事柄が次々と打ち砕かれていくような展開のインタビュー。これが現在の、そして世界の現実なのかと。白木教授のお話の途中あまりのショックに目の前が霞んできたくらいです。私は今就職活動中ですが、このお話を聞いてから就職活動に対する考えがガラリと変わりました。このことを知ってどう感じてどう動くかです。確かに状況は厳しいかもしれません。でも、本当に世界と勝負したいなら、本気の競争をしていかなければならない。ぬるま湯から出て、目を覚まさなければ。競争相手は、今自分の周りにいる人々ではなく世界中にいるのだから。

相原 亮(基幹理工研究科1年)

Vol. 7 「文系・理系の垣根を越えて、自分と違う考えをもつ人にたくさん触れてほしい」

CATEGORY : 大学
Sato-Sensei

東京工業大学
グローバルリーダー教育院長
佐藤 勲

1958年東京都出身。81年東京工業大学工学部卒。83年東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。84年同研究科博士課程退学。同年から東京工業大学助手、助教授を経て、2000年から教授。専攻は熱工学。2011年にグローバルリーダー教育院長に就任。

【2012年1月23日公開】

科学技術で社会を方向づけ、けん引していく人材を作りたい

グローバルリーダー教育院のしくみについて教えてください。
理工系を中心とする大学だからこそ科学技術に立脚する社会をリードする人材を養成したいということで、グローバルリーダー教育院を設置しました。今は9名の学生が所属しています。ドクターコースなので専門知識は絶対に身につけないといけません。それに加えて専門領域以外のところも繋げて見られるような俯瞰力を身につけ、国や文化を超えた基礎知識があり、さらにリーダーとして合意形成ができ、それを形にできる行動力をもって社会をけん引できる人材の育成を目指しています。グローバルリーダー教育院には、主専門の教育体系と並行して“道場”というものが設置されています。科学技術系と人文社会系の二つの道場があり、道場主と呼ばれる先生のもとで学生が自分自身でいろいろな活動をします。課外活動としてインターンシップに似た活動も行っています。実際に会社が求めているプロジェクトを3カ月から半年ほどかけて実施するという経験を修了までに必ず行います。
佐藤さんがお考えになるグローバルリーダーとは何ですか。
まず定義をしないといけませんが、グローバルリーダー人材とは「国際社会をこれからどうやって方向づけていこうか」ということを考える人だと思います。ここではそういう人を養成したいです。どうやって方向づけるかは、企業の中にいても、政治家であっても、学問の世界からでも何でもいいと思うんですね。その領域の中で自分の国の文化だけではなく、他の国にも影響を及ぼせるようなリーダーシップが発揮できる人を育みたいですね。幅は広いですが、共通していることは、いろいろな文化を理解した上で、自分の文化の強みをアピールし、両方を組み合わせて強みを作り上げて、さらにそれを説明でき、形にできる人材だと思います。
社会をけん引していくような人材というのはどのような能力が求められると思いますか。
まずはやっぱり気概ですよね。社会をリードしていきたいと自分が考えているということです。それがあると、社会をリードしようとして他の人とコミュニケーションを取らないといけないので、その能力が自然と身についてきます。いろいろな国籍や文化を持つ人たちとコミュニケーションをしていく上で共通の言語をツールとして使う必要があるので、英語に限らず、語学も勉強しないといけません。実はこのグローバル教育院コースの中には語学科目がありません。それは自分が必要だと思ったら自分自身で学んでくださいということです。当然、そのための機会は豊富に用意しますが、自分が必要とするものを習得できるように計画する、そういう意識を持たないと当然リーダーにはなれないですよね。

理工系だからこそ横に繋げる力をもってほしい

理工系の学生のグローバル人材育成において、特に注力されていることは何ですか。
道場の特徴は、国籍問わずいろいろな学生を混ぜましょうというのが一つ、もう一つはいろいろな専門をもった学生を混ぜましょうということです。社会をリードするとなると、様々な背景や考え方を持つ人を束ねないといけません。そうすると様々な分野の知識が必要になってきますので、社会や文化、経済から科学技術に至るまでの幅広い分野について、少なくとも話が通じるくらいの知識を身につけなければなりません。それから一番大切なのは人脈ですよね。全てを一人ではできないので、いろいろな分野の人たちと協力していかなければなりません。東工大の学生は自分の専門分野を深くやるのは得意ですが、他の人と協調することがあまり得意ではありません。だからこそ横に繋げるようなしくみを作りたいと思いました。理工系の学生は、自分が考えていることが本当に真理かどうかというのを追求します。それが学問の目的ということもあって、自分の判断は自分でする世界です。つまり先鋭化してしまうのですね。だから自分の専門領域に加えて横にも繋げる力を身につけてほしいです。
グローバルリーダー教育院の設置に当たっての佐藤さんの思いを教えてください。

道場の様子

別の側面として、グローバルに活躍できるリーダー人材を養成するために考えたしくみがグローバルリーダー教育院です。東工大では6人に1人が外国人留学生です。しかし、留学生との交流はどうしても研究室の中に限られてしまいます。だからこのようにミックスアップするしくみを作らないと、なかなかグローバルな視点は身に付かないと思います。専門分野についても同じです。そのミックスアップする一つのきっかけになればいいかなと思いますね。これからはもっともっと交流が増えていくと思います。グローバルリーダー教育院は5年間のコースです。道場で所定の単位を修得しても学生は道場に在籍しています。だから下級生の指導にも当たることになるので、文化なり専門なりをもっとミックスできるのではないかと思います。

理工系と人文系に分かれても両方学ぶ姿勢が重要

グローバルリーダー人材の育成において最も大事なことは何だとお考えですか。
他の地域や国の文化を理解すると同時に、自分の国の文化に誇りをもつことだと思います。学生にもそういう意識をもつように言っています。自分の文化というのはあまり意識しないし、自分の中で整理しないので、なかなかうまく言えませんよね。だからそれを意識するようにするのは結構難しいと思いますね。また、理工系の学生に関しては、やはり自分の専門領域に閉じこもらないようにすることが最も大事だと思います。カリキュラムでは社会との連携を重要視していますので、インターンシップの他に、国際機関や企業で働く人たちに来ていただいて、学生に話をしてからディスカッションを行います。社会とのつながりの意識をまずもってもらうことが大事ですね。
大学生のうちにやっておくべきことは何だと思いますか。
他の国の文化に触れることでしょうね。この国はこんな感じなのかとか、この食べ物は食べられないなとか、そういうことを経験することだと思いますね。やっぱり自分と違う考え方をもつ人との交流を経験することが大切だと思いますよ。それは国際的でなくても国内でもいいし、違う分野でもいいと思います。なぜ自分と違う考え方をするのかというのを自分の中で噛み砕いて理解する。その後にどのようにコミュニケーションをするかを考える、そういう経験をできるだけ多くすることだと思います。いろんな人とたくさん触れ合うことですね。

講義中の佐藤さん

最後にメッセージをお願いします。
今は理工系とか人文系とか、そういう垣根がない社会なのかもしれません。だからお互いに相手の分野の基礎素養を理解しているといいかもしれませんね。共同作業をするにはやはり話が通じないといけません。そういう意味で、高校のときに文系と理系に分かれるのは、本当は良くないと思っています。数学にしろ、歴史にしろ、人が生きていくための基盤ですから、やはりそれなりの基礎はお互いがもっていた
方がいいと思います。だから分野に限らず、何でも興味があれば今のうちにできるだけたくさんチャレンジしておくことを勧めます。
編集後記

グループワークの授業のことを“道場”と呼ぶなどとても斬新でユニークな教育体制をもつグローバルリーダー教育院。佐藤先生にお話を伺った中で、そこに所属する学生は幅広いカリキュラムの中で、自分で考え、自分で動くことを強く求められている印象を受けました。専門分野を追求しながらも幅広い教養知識を身につけるということは、博士課程の学生だけでなく、私たち大学生にとってもすごく大事なことだと感じました。早稲田大学にも副専攻を履修できる仕組みがありますが、学部や学年関係なく同じ授業で議論を交わしたのはとても良い経験になったのを思い出し、まだ受講したことがない人や4月に入学してくる1年生にはぜひお勧めしたいです。

陸 欣(国際教養学部4年)

Vol. 6 「グローバルに活躍できるのは”英語使い”ではない。”話すことがある人”である」

CATEGORY : 大学
Takano-Sensei

早稲田大学客員教授
高野 孝子

新潟県生まれ。エジンバラ大学Ph.D。(特活)エコプラス代表理事、早稲田大学客員教授、立教大学特任教授。90年代初めから「人と自然と異文化」をテーマに、地球規模の環境・野外教育プロジェクトの企画運営に取り組む。「地域に根ざした教育」の重要性を掲げ、「TAPPO南魚沼やまとくらしの学校」事業を実施中。龍村仁監督の環境ドキュメンタリー「地球交響曲第7番」に出演。

【2012年1月17日公開】

「こう生きねばならぬ」ということはないと気づいた学生時代

学生時代のどのような経験が今の活動につながっていますか。
大学は当然行くものだと思っていたので進学したけれど、自分の意思で選んだわけでもないのに大学まで来たことに気づかされたのが、大学3年から4年にかけて行ったアメリカ留学でした。親がちゃんと環境を整えてくれたからここまで来られたのですごく幸運だったけれど、中学を出て、自分は職人になるという道もあったはず。でも、それを問うことさえもなく、中学を出たら高校、高校を出たら大学と来てしまったことにハッとしました。たぶん留学しなかったら、そのまま普通に就職していたと思います。留学先で出会った人のうちに泊まり、他人の人生に顔をつっこみながら旅をしたことで、ものすごくいろんな生き方があって、「何をやって生きてもいい、その代わり自分で責任をとれば」ということがわかったのです。「こう生きねばならぬということはないんだ」ということを教わりましたね。既成概念にとらわれていた自分に気づき、次第に自分が自由になっていきました。帰国してから、人が決めたレール、生き方にまた自分を合わせてしまうのがこわいと思っていたころに出会ったのがオーストラリアでの「オペレーションローリー」というプロジェクトでした。青少年育成を目的に、国際遠征の日本人参加者を募集していたのです。電気もガスもトイレもない環境で、世界から集まった若者とともに3ヶ月間様々なプロジェクトに取り組んだことで、「人は最低限これで生きていけるんだ」ということを学び、今までできなかったことができるようになりました。そのスキルを持ったことで、今までにはなかった選択肢が広がりました。大学院を終えて新聞社に就職しました。でも、旅先が街じゃなくて自然の中に向かい、自然の中で暮らす人に会いに行くようになりましたね。
既成概念にとらわれた生き方をしたくないと気づいたとき、私たちはどう判断すべきでしょうか。
まずは、今想像しているものが、本当に自分で考えたものなのか、思わされているものなのかを少し仕分けなければいけないと思います。時代や社会、家庭、個人の状況によっては、それ以外の選択肢がないという場合が絶対にあります。でも、可能性があるはずなのに自分でそれを見ていないのはもったいない。自分は本当に、自分で食べる以上のお金を稼がなくてはならない環境にあるのかどうかというあたりから、自分を見つめることですね。例えば、家族に病気の人がいるとか扶養しないといけない人がいるとか、そういう理由があるとしたら、何よりも先にそっちが大事ですけど。でも、みんなが元気で、自分がここからふっといなくなっても、とりあえず迷惑かけないという状況にあって、「自分を試していいよ」ってみんながサポートしてくれるなら、どんどんやってみたらいい。「自分で自分に枠をはめない」っていうのが大事だと思っています。

本当の豊かさ、幸せを考える場をつくってきた25年

高野先生は「冒険家」と呼ばれていますが、冒険と旅行はどのように違うのでしょうか。
私には全部、旅行ですね。旅行っていうか旅。それが冒険的だったりするだけで、自分にとって新しいことは全部冒険で、行ったことないところにいくのは冒険だと思います。やったことがないことをする、食べたことがないものを食べるとか大冒険だと思いませんか?「こんなの食べて大丈夫?」とか。それは旅の面白さですし、知らない人に出会うのもそういうところに身を持っていくのは冒険です。アマゾン河をカヌーで下るとか、北極点にパラシュートで降りるとか、そういうことは冒険活動に見えるんだけれど、私がアマゾンにいったのはそこの人に会いたいからだし、カヌーで旅するのも面白そうですよね?そうしないと会えない人たちがいるから。だから、「冒険活動」をしたくて行ったことは今まで一度もないです。ただ、北極海の横断というのは旅っていうにはちょっと大事すぎたけれどね。「あんな旅しないでしょ」っていう感じですよね。でも、だいたい人のいるところに行くことは私にとっては旅だし、たとえ長期でも旅ですね。人が見せようと思うものに乗っかってそれしか見られないのは、若い人には残念かなって思います。若いときは何もないけれど、時間だけはある、お金はないけど時間はあると思うのね。だから、そういうときじゃないとできない、他人が見せたいと思うものじゃない隅っこをつついてみたり、絶対会わないような人に会ってみたりする方が面白いんだと思います。何かものを見に行くわけじゃなくて、やっぱり体験にいくっていうか、時間と場所そのものを体験するのが大事なんじゃないかな。
どのような思いがあって、環境教育の場を作ってきましたか。
小さい頃からおしゃべりだったし書くのも好きで、自分がやったことや気づいたこと、考えたことを人と共有することが好きでした。大学院修了後に新聞社に入ったのも、大切な情報を人に知らせる仕事をしたかったからでしょうね。自分の経験から大事なんじゃないかなと思うことがあったとき、「これって大事じゃない?」って人に聞いてみたい、伝えてみたいのです。それと同時に、伝えることはとても大事なことだと思っています。こっちが勝手に情報を伝えても、「いらない」という人も、受け取ったとしても「ん~まぁ別に…」という人もいると思います。それはそれでいいと思っているんです。でも、差し出してみないことには何も伝わらない。その人がまったく見たことがないものなのか、一回手にとってみて考えることがあったのかで変わってくると思っています。だから、そういう経験ができる舞台を作っています。その経験を分かち合いたいと思った人は、今度は自分の言葉で分かち合ったり、気づいたことをもとに職業を選び直したりするでしょう。どんな職業につくにしても、人と助け合うことは大事なんだとか、人は最低限これがあれば生きていけるんだとかわかっている人が、たとえば商社や銀行、役所で勤めることで、社会が変わってくると思うんですよね。現場の人への見方とか世界観とか。その後何をやるかは個々人の問題になりますが、こういったところに踏み込むことが大事だと思っています。たとえば、最終的には「豊かさって何だろう」ってことや自分の可能性に気づいてほしくて、プログラムを組み立てていますね。最近は都会に住んでいると、若い子でもあまり身体を動かさないでしょ。ジムではなく、自然の中で空気を思いっきり吸い込む感じとか、そこで身体が活性化するときに脳とか心も活性化する、みたいな経験があまりないんじゃないかなって思います。だから、そういうことの気持ちよさとか、同時に人間ってなんてちっぽけなんだということとか。それは感覚的に知らなきゃいけないことだと思うので、自然を体験できる活動はいい場所だなと思っています。
「本当の豊かさ、幸せとは何か」という問いが、活動の根幹にあるのですか。
20代前半の旅を通して、なんとなく自分の豊かさと幸せについては見えていました。お金は幸せを生まない、友達の大切さ、人としてどうあるべきか、人はモノじゃない、自分の価値をどう高めていくかが豊かさであり、人とつながれること、つながれるだけの力をもてるということ、健全な自然が周りにあるということ。そういうことが豊かさにつながるということですかね。何がなくても「人と自然」だと思うけれど、他の人はどうなんだろうって思っていました。私は経験を通してそういうことに気づいていましたが、そうじゃなかったら、モノをいっぱい持って、お化粧して、ブランドがどうとかそういう話ばかりして、それで面白いから「それって本当に大事なのかな」って問い直すことさえもしなかったです。それでも、問い直すようになったのは、旅をしたからです。本当の幸せとか豊かさを自分が知りたいというよりは、他の人たちもいろんな経験をしたら、本当に大事なものとか本当の幸せって何だろうって考えるようになるんじゃないかって思いました。その方が日本も豊かになるし、みんながそういうことを考えるようになれば世界の悩んでいる問題も少しはよくなるんじゃないかなという思いがありました。今まさにこういうことを考えることが大事じゃないかなと思います。
なぜ、今「豊かさ」や「幸せ」について考えることが大切なのでしょうか。
先進国といわれている産業国がぼろぼろになりつつあるでしょ。結局、お金っていうものの幻想の上に成り立っていた社会とその人たちが今ぼろぼろと崩れようとしています。だから、今まさに本当の豊かさって何かを問わなければならない。10年くらい前までは、先進国の人々が、それを問うことで格差を縮めていけると思っていました。先進国の豊かさは開発途上国と言われる人たちの搾取で成り立っていったわけだからね。消費者一人ひとりが「こんなにお金がなくても豊かって言えるんじゃない?」とか、豊かさに対してそういう見方ができるようになれば、世界中のギャップが少しは解消するんじゃないかと思っていました。でも、今は先進国の人々がぼろぼろと崩れようとしている中で、彼らが価値観を問い直さない限り、大きな不幸に陥ってしまうと思います。お金ではなくて「生きる」ってどういうことかとか、それに必要なものをみんなが認識しないといけない。まさにそれがこれからを決めるかなって思っています。東日本大震災のときもそうでしたが、あの中でちゃんと生きられるというのは本当にお金じゃないんですよね。そういうときに、一番底にある大事なものが見えてくるんだと思います。それは、やはり絆だと思いますし、そういうときに自分がどう行動できるかっていう強さとか知恵とか技術とか…最終的には人と人との信頼関係がないと奪い合いになってしまうんだと思います。そういう、いろんなことを考えさせられましたね。だからこそ、今がまさにそういうことを考え直すチャンスだと思いますし、私はずっと問い直すきっかけを作ってきたので、これからも続けていけたらいいなと思っています。

何も話すことがない人はグローバルに活躍できない

グローバルに活躍したい学生は、どのような経験をすべきだと思いますか。
たくさんあると思うけれど、学生のうちに地を這いずるような貧乏旅行をしておいた方がいいと思いますね。とにかく体一つで世界中を歩くこと。別に世界全部に行けという意味じゃないけれど、いろんなところにいって、暮らす人の目線で旅をするということかな。大きなホテルに泊まるのではなく、できれば民泊がいいですね。「すみません、お願いします!手伝いますから」って頑張って現地の人に頼みこんで、できるだけ暮らしの目線でものを見ながら旅をする。そこのものを食べて、生活の場所を歩いて、そこの暮らしをするってどういう意味かわかるくらいの時間をかけつつ、旅をすることですね。都市ばかりに行かなくていいので、先住民族とか農村とか、都市に行くならスラムもあわせて行くとか、いろんなところを見るっていうのが大事だと思います。たとえ全部見ることができなくても、いろんな場所の暮らしを体験できれば想像できるので、気になっている場所にいって、そこで様々な体験をして、できるだけ広い視野を持つことがすごく大事かな。
広い視野を持つために、他にはどのようなことをするといいでしょうか。
あとは、やっぱりいろんな本を読んで、「自分で判断する視点」を養うようにすることですね。これって難しい。報道の乗ってくることは、実は偏っているんですよね。だから、一言で言うと、視野を広げるという意味で、多様な情報に接するっていうことかな。ひとつの問題に関しても、複数の立場の意見を読んだり聞いたりするようにするとか。それってグローバルに活動するために大事ですよね。あとは、いろんな人の話を聞くことかな。とくにグローバルに活躍したい人は、まずは日本を知らなければいけないと思うのね。だから、沖縄から北海道まで農山村とかをあちこち行ってみて、そこの人たちといろんな話をしてみる。そして、世界の話も聞いてみる。話を聞きながら旅をすることが役に立つと思います。
なぜ「日本を知る」ことが大切なのですか。
日本のことを知らないから外に出られないという意味ではありません。私も順番が逆でした。普通の人は、たぶん自分の周りのことは当たり前だから興味がなくて、見えないところに行きたくなると思うんです。私もそうだったんだけれど、とにかく外に興味がありました。でも、外に行くとまず自分の説明をしなくちゃいけない。「あんたは何者なの?」って聞かれるけれど、説明できない。日本のこともあれこれ聞かれるけれど、わからない。このような経験をすることで、自分がいかに自分のことを知らなかったのかということに気づきました。そうやって、日本にも興味を持つことは普通だし、私もそのパターンなのね。だから、最初から興味がなくてもいいから、そのうち日本についてとか、特に自分が生まれ育った場所とか地域とかそこを中心にしたことを調べて知る。それって、実は自分のアイデンティティにもつながるし、自分が生きていくうえで、どこで活動するにしても基盤となるものなので、大事にした方がいいと思うんです。「グローバルに活躍する人」というのは、「英語使い」という意味ではなく、「何か話すことがある人」ということだから。その人が誰で、何ができる人なのか、何をした人なのかだから。私がもし日本から代表する若者をシンポジウムに呼んでくれって言われたら、英語が全然できなくても、太鼓が叩ける人を出したい、もしくはごはんをちゃんとお釜で炊ける人を出したいって思うのね。その人の方が話すことがあるから。なので、自分をどこかの時点できちんと押さえるのは、グローバルに活躍するうえで大事だと思っています。
NPO法人エコプラス
http://www.ecoclub.org/top.php?lang=ja
  • オペレーションローリーの仲間たち

    オペレーションローリーの仲間たち

  • 1991年北極海横断途中、北極点にて

    1991年北極海横断途中、北極点にて

  • ミクロネシアヤップ島での実習授業

    ミクロネシアヤップ島での実習授業

編集後記

私は、今年の夏、高野先生の指導のもと、環境教育活動に参加しました。山の中で「電気なし、ガスなし、トイレなし」の環境で自分の身一つで生活したとき、本当に大切なものが見えてきました。安全快適で、どれだけ恵まれた環境で育ってきたのかという事実に気づいたと同時に、自然に感謝する心を忘れていたことにハッとしました。普段頼っていた指一本でつけられる電気やガス、そして携帯電話やインターネットは、実はそれほど大切ではないかもしれない。そして、水道をひねると水が流れてくるまでのプロセスは、普段気にかけていなかったけれど、実は大切だったということ。自然の前では人間は本当にちっぽけなのだということを忘れ、傲慢になっている自分がいました。自然と向き合うことは、まさに自分と向き合い、価値観を問い直すことでした。今回のインタビューを通じて、高野先生が自然教育活動を通じて、私たちに伝えたかったことがあらためてわかりました。そして、今度は世界や日本と向き合うことで、自分と向き合おうと決意を新たにしました。世界で活躍することができる「自分」を確立しようと思います。

西辻 明日香(商学研究科1年)

Vol. 3 「自分に嘘をつかず、ワクワクできることに果敢に挑戦する」

CATEGORY : 大学
Hata-sensei

早稲田大学大学院アジア太平洋研究科教授
留学センター所長
黒田 一雄

広島大学教育開発国際協力研究センター講師、助教授を経て現職。他に日本ユネスコ国内委員会委員、アジア経済研究所開発スクール客員教授、JICA研究所研究員等。外務省、JICA、文部科学省等の教育開発分野調査研究・評価に携わる。スタンフォード大学にてM.A.(国際教育開発)、コーネル大学にてPh.D.(教育・開発社会学)を取得。

【2011年11月22日公開】

国際社会に結び付きたかった学生時代

黒田先生はどのような学生時代を過ごされたのでしょうか。
大学2年次から3年間、アジア文化会館という海外からの留学生用の学生寮で生活していました。1国につき3人まで入寮可能で、日本人も3人だけ住むことができました。そこでアジアやラテンアメリカなど様々な国の出身者とともに、たった3人の日本人の1人として共同生活をしていたわけです。寮生活は疑似国際社会であり、異文化に対する適応力が身につきました。また東南アジア青年の船という国の青年国際交流事業にも参加しました。当時はアジアに対して貧困や植民地支配の歴史など暗いイメージが強かった時代でしたが、実際に人々と2カ月間生活をともにすることで、アジアは元気で面白くてダイナミックな地域であると肌で感じることができました。社会を変えるのは自分たちだという熱い想いを持つアジアの若者と兄弟のような友人関係を築く中で自分自身が変わっていったことを覚えています。
様々なご経験をされていますが、そのきっかけとなったのはどんなことでしょうか。
何とかして自分を国際社会というものに結び付けていきたい、という想いがあったことですね。私は留学生寮に住んだり、青年の船に乗ったりするほかにも、国連大学で学生協会を作ったり、日本国際学生協会という団体で学生の国際会議を開催する活動に取り組んだり、学部生時代に本当に様々なことをしました。すべての活動にワクワクしながら取り組めたのは、やはりそのような強い想いがあったからだと思います。大学内にも大学の外にも探してみると、実は機会はたくさんありますよね。でも受動的ではいけません。自分から探していく姿勢を持ち果敢に挑戦することが大事です。そのためには、「自分は将来こうなりたいんだ!」という強い想いを抱くことが重要だと思いますね。

自分がワクワクできる分野を真剣に考える

「グローバル人材」に必要な能力や資質はどのようなものだと思われますか。
大きく分けて、専門性、コミュニケーション能力、想いの3つの要素が挙げられますが、中でも最も重要なのが専門性だと思います。いくら英語でコミュニケーションがとれたり、多様性に対して寛容であったり、また国際社会で活躍したいという意欲があったとしても専門性がなければグローバルなプロフェッショナルとしては不十分ではないでしょうか。だから学生のみなさんには、自分は何をもって国際社会に貢献できるのか、ということを真剣に考えてほしいです。私の場合は、教育開発が専門ということになりますが、私は自分の研究分野を愛していますし、とても面白いと思っています。学生の皆さんも、自分の一生を賭して自分を磨いていけると思えるような、自分がワクワクできる分野に巡り合うことが非常に重要です。
大学院に進学しない学生はどのように専門性を身につければよいですか。
大学院は選択肢の1つですが、仕事をしながら専門性を身につけることは当然可能です。ただし就職活動は慎重に行ってほしいです。厳しい状況なのは百も承知ですが、自分がどんな分野で生きていこうとしているか、仕事を通じてどんな専門性を自分の中で構築できるのか、ということをきちんと考えてください。仕事に就いてからも専門性を身につけるべく向上心を持ち続けることです。もちろん企業やNPO、政府は教育機関ではありません。まずは組織への貢献を考えなければなりません。しかし長期的な観点を持ち、特に20代から30代前半は自分自身の向上を強く意識してください。どうせ30代前半くらいまでは、途上国のために本当に役立つような専門性を身につけることは困難です。私個人の経験からも、途上国の人々に育ててもらったという感覚がすごくあります。でもそれでいい。一生を通じて、育ててもらったお返しとして国際社会に貢献できる専門性のある自分を目指して欲しいですね。
どうすればワクワクできる分野が見つかりますか。
学生のみなさんと接していて、ワクワクできる分野を見つけることが難しく、それを仕事にするのはさらに難しいということがよくわかりました。何に関心があってワクワクするかが分からないんですね。でも、やはり肝心なのは様々なことに果敢に挑戦することだと思います。そして自分の好きなことがあったら必死でかじりつく。私も一度は浮気して銀行に入りました。しかし自分をごまかしきれなかった。途上国で教育開発に携わりたいという想いは、どうにも変えられなかった。だから今があります。自分に嘘をつかないで夢を追うと最終的にすごく不幸せにはならないと思います。好きなことをしていると、難しい状況があっても乗り切りやすくなると思います。

ブランドにしがみつく悪い癖

最近の若者は「内向き志向」と言われますが、早大生の実態についてどうお考えですか。
実は早大生が内向き志向であるという印象はまったくありません。例えば、国際協力の副専攻科目は毎学期大人気となっています。そもそも内向きが悪いわけではありません。日本を見ることもすごく大事です。海外ばかりを見ていて日本を考える視点を持たない人は根無し草になってしまいます。つまりは、バランスの取れた視点を構築することが非常に重要です。しかし早大生が均質化してきていることは感じます。もともと早稲田大学の文化は多様な学生がいることです。昔は人と違うことを志向する学生文化があったと私は思っています。最近の学生は、進学校出身、東京近辺出身、社会的な階層的にも恵まれた人たちが増えています。ある意味、慶応と何の違いもない。早稲田大学の目的は多様な分野でリーダーを育てていくことであり、学生が単質的にまとまってしまうのは危機だと思います。
学生はどうすれば多様化できますか。
たくさん落ちればいいんです。挑戦して失敗すればいい。早大生はいわゆる受験エリートなので、落ちるのが嫌だし怖いのだと思います。早稲田大学はブランド力がありますし、早大生はブランド大学の学生であることに慣れてしまっている。最近の学生を見ていると、ブランドにしがみつく悪い癖があるように感じます。ブランドにしがみついて落ちたくないから挑戦しない。これではいけません。様々なプログラムに当たって砕けろという精神で応募していく、ぶつかっていく、そういうことが国際社会でキャリア形成をするうえではとても大事です。みんながそうやって自分のワクワクできることを探していけば、早稲田大学は多様性を取り戻せるのではないでしょうか。
編集後記

ワクワクできる分野を見つけることはすごく難しいと思います。何もしなければ何が自分にとって楽しいかさえもわからない。そんなときは黒田先生のように様々なことに果敢に挑戦していくことが本当に大事なのだと思います。私自身も、早稲田祭運営スタッフ、アメリカ留学、そして現在はICCの学生スタッフリーダーと、その時々で自分が楽しそうだと思えるものに挑戦してきたつもりです。そうした中で、自分が専門としていきたい分野がおぼろげながら見えてきたのかなあ、という感じです。黒田先生のように、国際社会に結び付きたいという強い想いを持って様々な機会を探せれば、それに越したことはないと思います。しかし、それほど強い想いがなければとりあえず目の前にある気になることにとりあえず挑戦してみることがワクワクできる分野を見つける近道なのではないでしょうか。

二瓶 篤(政治経済学部5年)

Vol. 2 「どこの国で何にチャレンジしてもかまわない。狭い日本を出てみることだ」

CATEGORY : 大学
Uchida-sensei

早稲田大学副総長(国際担当)
国際学術院教授
内田 勝一

1946年生まれ。専攻は民事法学。70年早稲田大学法学部卒。72年同大学院法学研究科修士課程修了。75年同研究科博士後期課程修了。77年早稲田大学法学部専任講師、79年同学部助教授、84年同学部教授、2004年早稲田大学国際教養学術院教授就任。同大学国際教育センター所長、別科国際部長、国際教養学部長などを歴任。

【2011年10月11日公開】

世界的な課題の解決に貢献する人材

早稲田大学にとって「グローバル人材」とはどのような人材を指すのでしょうか。
そもそも「グローバル人材」という言葉の背景には、グローバルに事業を展開する日本企業の存在があります。海外での収益が増大する中でグローバルに働いて企業の利益を拡大する人材が必要だ、という経済的な要求ですね。もちろん企業のための人材を作るのも大学の1つの重要な役割です。しかし、大学はより広義のグローバルな問題、現在ではエネルギー問題や環境問題、食料、貧困、テロなど様々な問題がありますが、それら世界的な課題の解決に貢献する人材を育成する必要があります。人々が平和に生活して民主主義的な社会になり経済的に繁栄する、それこそが世界的な課題であり、そこに貢献できる人材が「グローバル人材」であると思います。
「グローバル人材」に必要な能力や資質はどういうものだと思われますか。
いくつかの構成要素がありますが、以下の4点にまとめることができると思います。
1.「批判的思考・一般教養」(たんに一般教養があることではなく、物事を批判的に検討し解決策を考える力)
2.「専門的分野」(大学卒業後、社会に貢献する際の基礎となる専門知識)
3.「人間力」(新しい課題について自ら調べる意欲や、困っている人々を連帯して助ける行動力など)
4.「語学力」(英語は必須。さらに学んだ外国語の背景にある文化や社会を理解し、共存を考える力)
これらの能力を獲得するうえで、日本の大学で機能しているのがゼミや研究室です。海外の大学にそういったものはありません。海外のように個人主義的な自主性も大事ですが、日本のように集団的に議論をして結論を出す力を養うことも大切なのです。
海外の大学ではどのような教育が行われているのでしょうか。
日本とは教育の方法がまったく異なります。たとえば、アメリカのリベラル・アーツ・カレッジでは、各授業は大体20人程度の少人数クラスであり、週に5時間程度(1回50分の授業が3回、100分の授業が1回)の授業時間が確保されています。毎回、予習として大量のリーディング課題を読んでくる前提で、授業自体はディスカッション中心で進みます。明日までにこの本を読んで来てください、と先生に言われることもあるでしょう。そのように海外の大学では集中的な教育をします。今後は早稲田大学も少人数クラス、ディスカッションベース、課題解決型の教育を増やしていく必要があります。

海外の大学との多彩な交換プログラム・内なるグローバル化で「変わる」

早稲田大学は「グローバル人材」を目指す学生に何を提供しているのでしょうか。
「グローバル人材」を育成するうえで、早稲田大学の特徴は、海外の大学との交換プログラムをたくさん提供していることです。学生は海外の大学に行くと変わります。自分と同じ世代の人がどれだけ勉強しているか、母国や社会全体が今後どうなるべきかをいかに真剣に考えているか、そんな姿を目の当たりにした早大生には必ず変化が起きます。そのための手段として多彩なプログラムを用意しているのです。しかし、すべての学生が参加できるわけではありません。金銭面や時間的な制約があるためです。そこで内なるグローバル化として大学内をグローバルな環境にしています。11号館付近では、空港同様に様々な言語が聞こえてきます。東大や京大の人が早稲田に来ると、留学生の数と多様な言語に驚いて帰るのですよ。国内の早大生も留学生と積極的に交わることで変化してほしいと思いますね。
学生は学生時代に何を経験するべきでしょうか。
とにかく海外に出ることですよ。長期休暇中に短期プログラムを利用して1カ月でもいいです。外から日本を見てください。そうすると、日本人とは何か、日本から世界に発信する特殊性とは何か、日本のアイデンティティとは何か、ということを意識できます。どこの国で、どの言語で、どういうことをやってもいいです。狭い日本から1度出てみてほしい。早稲田には例えば、韓国語で4週間、渡航費・食費・授業料込みで10万円くらいの短期プログラムがあります。日本で1カ月生活するよりも安いし勉強もできる、ロシア語や中国語のプログラムもある、早稲田にはそういうプログラムが他大学とは桁外れにたくさんあるのです。ぜひ利用してほしい。アルバイトで10万円くらい貯めて日本語が通用しないところで1カ月暮らす。そんなことを是非やってほしいですね。
海外を経験した学生はどのように「変わる」のでしょうか。
それは人によって異なりますが、早稲田から海外に出る留学生で一番変わるのは中国に行った学生、という印象がありますね。早稲田から行く中国の大学というのは、要するに中国のトップ校ということになります。つまり、そこにいる中国の学生は将来指導者になる立場であり、中国の社会をこう変えなくてはいけない、中国をこういう国にしていかなくてはならない、ということを日々熱く語っているわけです。そこに早稲田の学生が入る。自分も日本という国について真剣に考えるようになる。そうすると、帰国後に日本の将来を熱く語る学生に「変わってしまう」わけですね。海外に出たことの結果は人によって違いますが、「変わる」可能性は非常に高いです。

4つの視点を早稲田で学ぶ(グローバル・リージョナル・ナショナル・ローカル)

最近の若者の「内向き志向」について、ご意見をお聞かせください。
正確には「内向き志向」に見えるところがある、といったところでしょう。「内向き志向」の根拠として言われているのが、アメリカに行く日本人留学生数の減少ですが、それには様々な理由があります。アメリカで学ぶ日本人留学生数は1994年が最も多かったのですが、当時と比べると現在の大学生世代の人口は40%減少しました。当時は205万人ですが、今は120万人です。また当時の留学生は大学院生が多かった、つまり企業が金銭面を負担して派遣していたわけです。それも今は減少しています。さらにその頃に比べて、アメリカの私立大学の授業料がとても高くなったことも一因でしょう。以上の理由から日本人留学生数は減少していますが、人口からみたパーセンテージは実は変わっていません。アジアからの留学生が増加したこともあり、相対的に日本人が「内向き志向」に見えるということだと思います。
実際に早大生と接する中で感じる変化はありますか。
むしろ最近までは「内向き志向」が強かったように思います。日本は食べ物がおいしく、経済的に豊かで安全です。日本での生活は快適なのでしょう。それがここ数年、特に震災を境に変化しました。日本は人口減少や少子高齢化、円高と多くの問題を抱えており、日本企業はもう国内だけでは展開できません。そうした中、法学部の私のゼミで面白い現象が起きています。長期休暇を利用して、ロシアや韓国、中国の短期プログラムに参加して語学を学ぶ学生が増えたのです。理由を尋ねると、今後はシベリア開発が日本の商社にとって重要であるためロシア語を学ぶ意義がある、と答えます。彼らは今後30年間日本に仕事があるとは思っていません。外に出なければ自分たちの将来がないことを理解し始めたのでしょう。
すべての学生がグローバルに活躍するべきでしょうか。
そうではありません。卒業後に地元に戻り、地元の発展に貢献することも重要なことです。しかし、地元の国立大学に進学した人と、早稲田大学に進学した人が地元に戻ってから同じではいけません。全員がグローバルに活躍すべきなのではなく、学生時代にグローバルな社会を理解することが重要なのです。日本中・世界中から多様な学生が集まって議論する環境が早稲田にはあります。そうした多様な学生と積極的に交わって、グローバル(欧米を含めた全世界)・リージョナル(アジア地域)・ナショナル(日本国内)・ローカル(日本の地域社会)、の4つの視点を学んでください。将来4つの分野のどこで活躍してもかまいません。日本の産業のあり方を学び、グローバルな社会を理解し、日本のアイデンティティをどこに持つかということを考えて、生涯実行していく人を目指してください。

大学間の国際交流式典

  • 司会をする内田先生

    司会をする内田先生

  • 日韓ミレニアム

    日韓4大学で行うミレニアム会議の様子

  • US Japan Research Institute

    US Japan Research Instituteの様子

編集後記

学生は海外に出ると必ず変わる。私自身、アメリカ留学中に出会った中国人や東ティモール出身の友人に刺激を受けた記憶があります。「卒業後はアメリカで働く。でも3年だけだ。アメリカで学んだ経験を活かして俺は中国でビジネスを興す」「私は東ティモールの国費で留学しているの。だからウィンター・ブレークも大学に残って勉強するわ。将来は母国の発展のために貢献したい」世界中から集まる学生と接するうちに、日本とはどのような国であるのか、何を強みとしているのか、なぜ戦争をしなければならなかったのか、なぜアジアの小国が世界第3位の経済大国であり得るのか、など様々なことを考えるようになりました。語学力の向上はもちろん重要ですが、こうした「変化」が海外に出ることや多様な学生と交わることで得られる最も大きなものである、と自分の経験からも実感しました。

二瓶 篤(政治経済学部5年)

Vol. 1 「グローバルな問題に関心を持つことは、大学生の社会的責任である」

CATEGORY : 大学
Hata-sensei

早稲田大学社会科学総合学術院教授
国際コミュニティセンター長
畑 惠子

専攻はラテンアメリカ政治史。津田塾大学卒、上智大学大学院修士課程修了。筑波大学ラテンアメリカプロジェクト準研究員、上智大学助手、中部大学国際関係学部助教授を経て、1993年早稲田大学社会科学部助教授。1995年同教授。2008年11月から国際コミュニティセンター長。メキシコ国立自治大学留学(1980-81)、メキシコ大学院大学客員研究員(2002-04)。

【2011年9月22日公開】

全員に共通の言語を自然に選ぶ

国際的な環境で、印象に残っている出来事をお聞かせください。
メキシコ大学院大学で在外研究をしていた頃の話です。当時私は、様々な国から集まった人々とともにゲストハウスで共同生活をしていました。そこで印象的だったことが、「全員に共通の言語を自然に選ぶ」ということです。日本人同士で会話をしている中にアメリカ人が入ってきたら、言語を日本語から英語に普通に変えるという具合ですね。特にヨーロッパ出身の人々は多言語ですから、フランス人とドイツ人がフランス語で会話をする中に、私が入ると言語がスペイン語に変わり、さらにインド人が入ると今度は英語に変わる、ということもありました。全員が会話の輪に入れるように自然にできるのは素晴らしいことだと思います。
そうした環境で困ったことや違和感を覚えたことはありましたか。
日本人の中に、国際的な環境でも、自分たちがマジョリティであれば日本語で通してしまう人がいたことです。当時招聘講師として滞在していた、ある日本人の教員は、私が他の国の方と会話をしていてもいつも日本語で話しかけてくるので、とても違和感を覚えました。同じ国の人に日本語で話しかけるのは当然かもしれませんが、日本語を理解しない人がいる集団の中ではやはり良くないことだと思います。各国から集まる人々の中には、共通にコミュニケーションできる言語を自然に選ぶ雰囲気があることが私には衝撃的でしたし、共通の言語がある場合はそれを探す努力をするということが重要ではないか、と感じましたね。

大学教育を受けた人間の社会的責任

「グローバル人材」に必要な能力や資質はどういうものだと思われますか。
最近CSR(企業の社会的責任)がよく言われますが、私は「大学教育を受けた人間が負うべき社会的責任」というものもあると思っています。日本では大学教育が当たり前になっていますが、世界的に見た場合は大学教育を受ける人間はそれほど多くありません。そう考えると、大学で国際的な問題について様々な角度から学び、広い視野から考える機会に恵まれている人間は、グローバルに活躍する能力・資質を備えているはずであり、グローバル社会に対してある種の責任を持っているのではないでしょうか。自分にとって身近でない問題でも、日常的に興味関心を持っておく。そして機会があれば主体的に働きかける。今の大学生には自分のことで精一杯という感じの人も多いので、もう少し社会に関心を持ってもよいのでは、と思いますね。
早大生は大学をどのように活用するべきでしょうか。
やはりまず挙げられるのは国際コミュニティセンター(ICC)ですね。インターナショナル・スチューデントとローカル・スチューデントが時間を共有して相互理解を深めるというのは素晴らしいことだと思います。ただ、今はまだ異文化交流が特別なものという感じです。もう少し自然に留学生がサークルや課外活動に参加し、自然に共通の言語で話すことを選べるようなキャンパスになればよいですね。また興味関心を広げるという意味では、通常の講義やゼミなどあらゆるところにチャンスがあります。単位が必要だから講義に出るのではなく、幅広く知識を吸収できる機会と捉えて様々なことに関心を持って欲しいですね。せっかく努力して早稲田大学に入ったのですから、そこで勉強する機会を得たことの幸運を感じてもらえれば、と思います。

ラテンアメリカに興味を持たなくなった早大生

最近の若者は「内向き志向」と呼ばれています。長年早稲田大学で教鞭をとっておられる先生から見て、学生に変化はありますか。
私の専門はラテンアメリカ地域研究ですが、肌で感じることは、学生さんたちがラテンアメリカに興味を持たなくなった、ということですね。日本との経済的な関係や食糧・資源問題を考えると、もう少し注目されるべき地域だと思います。しかし実際には、他地域への関心よりも、経営学を中心に、企業に入ってから役に立つことを学びたいという人が多く、ますます増えているように感じます。大学は企業人を育てる機関ではないと考えています。ですから、学生さんたちがあまりに就職を意識した選択に偏るのは残念です。大学時代に社会に出てからではできないことをして、経験の幅を広げる、というバイタリティが失われているように思います。アルバイトにしても、何かやりたいことのためにお金を稼ぐのではなく、将来就職の役に立つからという理由でアルバイト自体が目的化して一生懸命やっていたりする。それでは本末転倒のような気がします。
学生は学生時代に何を経験するべきでしょうか。
学生時代にしかできないこと、に尽きると思います。時間があって様々なことができるのは学生時代だけです。それを就職の予備期間みたいに使うのはもったいないことです。やりたいことが見つからなければ、何でも手当たり次第にやってみることが大事です。受験の疲れからか、とくに大学一年目が脱力的というか、目標をなくして何もせず過ごしている人たちが少なからずいるように見えます。そこを上手に活用できれば、その後の学生生活も上手くいくと思います。海外に出ることだけが全てではなく、サークルなど他人とつながれるような活動に参加することも大事ですね。
畑先生が今大学生だとしたら、何をしたいと思いますか。
私が大学生だった頃は、今のように海外旅行が容易ではありませんでした。だからこそ、もう少し早い段階で様々な国を実際に見てみたいと思いますね。またボランティアなども、今は様々な機会があるので挑戦してみたいです。また、私自身がラテンアメリカに興味を持ったのも、本との出会いがきっかけなのですよ。だから本はたくさん読みたいし、今の学生にも読んでもらいたいですね。思わぬ出会いがあると思います。

メキシコ在外研究時代

  • メキシコ大学院大学

    メキシコ大学院大学の全景。1940年設立

  • クリスマスパーティ

    大学でのクリスマスパーティ

  • ホームパーティ

    教員宅で、研究者たちとパーティ

編集後記

早稲田大学で学ぶということ。世界的に見たらそれは特別エリートな人材を意味することではないが、大学教育を受けられた幸運な人間である。そして様々な国際的な問題を学び、知っている人間だからこそ興味関心を持ち続け、機会が訪れれば働きかけていく。それが大学生の社会的責任であり、「グローバル人材」の資質である。大学教育を受けている時点で世界的に見たら「グローバル人材」であり得る、という新たな視点を得ることができました。また、確かに最近の学生は同じようなアルバイトに必死になり、同じような研究テーマに集中するという側面があると思います。もっと将来に全然関係なくても「好きなことをやる!」という自由な空気があってもいいのではないか、と感じました。

二瓶 篤(政治経済学部5年)