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Vol. 10 「大切なのは言葉より“迎える心”。外国人を特別だと思わず、そのままの自分で接することが大切だ」

CATEGORY : 民間企業
sawa-san

澤の屋旅館館主
澤 功

1937年新潟県生まれ。60年大学卒業後、東京相互銀行に入行。64年旅館澤の屋の一人娘と結婚。翌年銀行を退職し、澤の屋の経営者となる。82年外国人受け入れを始め、98年まで外国人客受け入れ旅館の全国組織「ジャパニーズ・イン・グループ」会長を務める。2003年には観光カリスマ(下町の外国人もてなしカリスマ)に認定。現在、社団法人日本観光旅館連盟会長補佐。

【2012年2月6日公開】

「お客様ゼロ」からスタートした、外国人のお客様の受け入れ

澤の屋旅館について教えてください。
台東区の谷中で、家族で経営している旅館です。義母が1949年に開業しました。私が澤の屋旅館の一人娘である家内と結婚した1964年当時は、修学旅行の生徒さんで賑わっていました。しかし、私が経営者になった頃から、あっという間にお客様が減っていきました。その理由はいくつかありますが、修学旅行の生徒さんが大手ホテルに泊まるようになったことが一番の理由です。また、生徒さんの次に多かったビジネスパーソンのお客様も、駅前に増えたビジネスホテルへと移っていきました。澤の屋旅館は家族旅館として喜ばれていたのですが、日本人の生活スタイルが変化したことで、家族的な対応よりも一人ひとりにベッドとお風呂、トイレがついているホテルの方が好まれるようになってきたのです。
外国人のお客様を受け入れるようになったきっかけは何でしたか?
お客様が減ってきた頃、新宿の矢島旅館さんから「日本人のお客様が来ないなら、外国のお客様を受け入れなさい」と勧められたことです。矢島旅館さんでは、以前から外国人の受け入れを始めていたのですよ。でも、一年間は踏み切ることができませんでした。外国人のお客様を受け入れるということは、世界中からお客様が来るということです。フロントで様々な国の人たちから外国語で話しかけられたらどうしようと思い、言葉ができないのに「外国人の方、どうぞいらっしゃい」とは言えませんでした。日本人のお客様が泊まってくれない全室和室のお風呂もついていない旅館に、外国人のお客様が泊まってくれるわけがないと思っていたのです。そうこうしているうちに、1982年の夏にとうとう3日間連続で宿泊客がゼロというときがありました。「このままでは潰れてしまう」と危機感が高まり、矢島旅館さんを見学させてもらうことにしました。すると、驚いたことに設備はほとんどうちと一緒だったんです。矢島さんが簡単な英語で話している様子を見て、うちの旅館でもできるんじゃないかと思いました。それで、外国人のお客様の受け入れを始めました。
どのようなご苦労があって、外国人のお客様を増やすことができたのですか?
矢島旅館が全国の小さな旅館に呼びかけて、外国人のお客様を受け入れる旅館の組織「ジャパニーズ・イン・グループ」を作っていました。毎年、パンフレットを年2回7万部ずつ作製して、世界1,000ヶ所に送っていたのです。澤の屋旅館が受け入れを始めた年の外国人のお客様は230人でしたが、そのグループに入れてもらったことで翌年には3,000人になりました。当時は、インターネットもない時代でしたから、そのパンフレットに載ることが唯一の広報手段でした。この中に、澤の屋旅館の情報やイラスト付きで紹介する日本式旅館の利用法、FAXでの予約フォームを掲載することによって、外国人に澤の屋旅館の知名度が徐々に浸透していきました。そうして来てくれたお客様を夢中で受け入れていたら、1984年にはお客様が4,000人を超え、客室の稼働率も平均90%を超えました。年々お客様が増えていき、毎日ほぼ満員の状態となったのです。

外国人だからと言って特別なことはしなくていい。日本人と同じように接することが大切だ。

外国人のお客様を受け入れるために、どのような工夫をされてきましたか?
澤の屋旅館では、谷中の町と一緒になって外国人のお客様の受け入れを進めてきました。うちの旅館では、朝食しか出していません。それ以外は、外国人のお客様は街に出て行き、町の人のお世話になっています。長期間滞在してくれるお客様に対して、うちだけで毎日違う食事を作って、様々なサービスを提供し続けるのは難しいことですが、町の中には食事や買い物ができる場所がたくさんあります。たとえ3ヶ月間泊まるお客様がいらしても、町と一緒に受け入れれば、より多くのサービスを提供できるのです。外国人のお客様は、日本人が当たり前だと見過ごしている普通の日常的な活動に興味を持っています。そういう経験をするには、日本の生活が残っていて、文化や歴史に触れ合うことができるこの町が最適だと思っています。外国人のお客様が街に買い物に行き、町の人といい思い出ができれば、その町が好きになって、日本が好きになって、澤の屋旅館のリピーターになってくれるんじゃないかという想いがあって、谷中の町全体で一丸となって受け入れ続けています。谷中の町があって、谷中の人がいるから、澤の屋旅館が成り立っているのだと思っています。
外国人のお客様が町に出るために、どのような工夫をされているのでしょうか?
澤の屋旅館は家族旅館ですから、旅館の中だけではそんなに交流はできません。そのため、町の人と交流できる機会を紹介して、どんどん町中に出ていってもらうようにしています。私の仕事の一つは、外国人のお客様と町の人との交流の橋渡しをすることだと思っています。たとえば、近くで盆踊りをやると聞いた時は、町会の人に頼んで、踊りの輪に入れてもらい、また、夏祭りでは、神輿をかつぐ体験をさせてもらいます。餅つきや桜見物に行くこともあり、谷中では様々な体験ができます。他には、日・英両言語の谷中エリア・マップを作って、お客様に渡しています。豪華な宿や美味しい料理のことは忘れてしまいますが、その国の人との触れ合いや、ちょっと親切にされたことは旅の思い出として後々まで残ります。世界遺産を見ることもいいですが、町の人との良い思い出を作れたら、その人を通してその町や国が好きになって、旅館にもまた来てくれます。町ぐるみで交流することがとても大切なんです。
外国人のお客様を受け入れるために、澤の屋旅館が方針を転換したことはありますか?
設備や言葉などは何も変えずに受け入れてきました。世界中のすべての人が喜んでくれる宿はないと思っています。ですから、外国人のお客様を増やそうと思って新しい設備をこしらえるのではなく、今現在日本にあるものをなくさないことが大切です。お客様は、旅の目的に合わせて宿を選んでいます。旅が目的で、宿は手段なのです。あるリピーターのお客様は「いつ来ても家族でやっていて、顔が見えるから澤の屋旅館が好きだ」と言ってくれますが、すべての外国人旅行者にとって家族経営で小さな旅館が適しているわけではないわけです。仕事のときはホテルに行く。温泉に入って美味しい和食を食べたいときは、観光旅館に行く。ゴールドカードを持っている富裕層のお客様も澤の屋旅館に泊まってくれますが、それは旅の目的に合わせて選んでくれるからです。だから、いくらお客様が増えても、設備を拡張したり、チェーン店にすることはしませんでした。また、言葉についても、外国のお客様と話すときに私は単語しか話していません。でも、お客様は「うん、うん」と聞いてくれます。澤の屋旅館でコミュニケーションができなかったというクレームは一つもないのです。言葉は流暢に話せないし、部屋にお風呂もついていないけれど、「良い旅館だよ」と言ってもらえて、たくさんのサンキュー・レターをいただいています。

大切なのは言葉ではない、「ありのままの日本」を伝えること。

今後は、どのような宿にしていきたいですか?
今後は、長く滞在してくださるお客様を増やしていきたいです。そして、外国人のお客様を受け入れる宿が増えるためのお手伝いをするのが、私の仕事だと思っています。30年前の私は、設備が整っていて、世界中の言葉を話せないと、外国のお客様は受け入れられないと思い込んでいました。でも、世界中の人に合う旅館なんて存在するはずないじゃないですか。だから、「日本の旅館はこういうところですから、どうぞ」という考えで受け入れた方が楽だということを、外国人のお客様を受け入れていない他の旅館にも伝えていきたいです。
どのような想いがあって、ご自身の経験を伝えているのですか?
日本は、国を挙げて訪日外国人旅行者を3,000万人にしようという目標を掲げています。5年先か10年先になるかわかりませんが、訪日外国人旅行者が2,500万人にまで達すると、延べ宿泊者の5人に1人が外国人になるそうです。ですから、宿泊施設を経営する人が外国人の好き嫌いを言っていられる時代ではなくなります。2008年に総務省が実施した意識調査では、日本の宿泊施設の38%が外国人客を受け入れていませんでした。この外国人の宿泊がなかった施設の72%が、「これからも受け入れたくない」と回答しています。言葉がわからない、設備がない、トラブルが嫌だという理由です。言葉がわからない、設備がないというのは30年前の澤の屋旅館と同じです。「言葉ができるようになったら」、「外国人向けの設備ができたら」と言っていたら、100年経っても受け入れられません。旅館は旅館のままで、日本人のお客様と同じように受け入れればいいのです。日本に来る外国人も、自分を特別に扱ってもらおうと考えているわけではありません。だから、今のままで大丈夫ですよと言い続けていきます。もっと多くの宿が外国人のお客様を受け入れるようになれば、宿も潤って、町も賑やかになるんじゃないかと思っています。私の経験を伝えることで、宿泊施設の経営者だけでなく、学生の皆さんにも「澤さんができるんだから、やってみよう」と思っていただけたら嬉しいです。日本人も外国人も関係ありません。ありのままで接すればそれでいいんです。
最近の学生は「内向き」だと言われています。外国人と交流したいけれどその一歩を踏み出せない学生に、メッセージをお願いします。
言葉ができるに越したことはないと思いますが、先ほども申し上げたように、世界中の言葉など誰も覚えられません。ですから、多少英語が苦手でも気にせずに、「迎える心」を大切にして外国人と交流してみてください。私も、外国人のお客様を受け入れる前は、最も言葉が障害になると思っていました。しかし、いざ受け入れてみると、言葉が一番障害にならなかったんです。最初は、息子が中学校で使っていた英語の教科書を見て、使えそうな文章を暗記しましたが、その英語でお客様に話しかけても全然通じませんでした。でも、単語だけ言ったら通じたんです。もし、どうしても通じないときでも、紙と鉛筆さえあれば、どうかできちゃうんですね。それから、言葉が堪能になるよりも「よくいらっしゃいました」と迎える心を持つ方がもっと大切だと思うようになりました。ですから、言葉ができないからだめだと思っている学生のみなさんも、言葉よりも「迎える心」を大切にして、身近な外国人に積極的に話しかけてみてください。
旅館 澤の屋HP
http://www.sawanoya.com

普段の澤さんのご様子

  • 澤さんの写真

    旅館を営むご家族全員と(玄関前にて)

  • 外国人のお客さんとお話しされている
    澤さん

  • 諏訪神社のお祭りで町内神輿に参加中

編集後記

昨今の日本では、グローバル人材の要件として、語学力や異文化対応能力が必須だと言われています。「言葉ができないとグローバルに活躍できない」と諦めてきた読者の方もいらっしゃるのではないでしょうか。私自身も外国人と交流する際には、まず言葉の心配をしていました。しかし、このインタビューを通して学んだのは、何か特別な準備をするよりも、相手を迎える心真心を持って、ありのままの自分と日本の姿を伝えていくことが大切だということです。たとえ接する相手が外国人であっても、「人と人との触れ合い」に必要なことは共通しているはずなのです。言葉や習慣の違いを認めた上で、肩肘張らずに自然体で会話を楽しめるようになることが、真の「グローバル人材」への第一歩となるかもしれません。

西辻 明日香(商学研究科1年)

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