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Vol. 28 OB座談会企画 「“日本人としての誇り”と“異文化理解”。 二つをバランスよく兼ね備えることが重要な鍵となる」

(右)荒木 岳志(あらき たけし) 2005年大学院理工学研究科卒。丸紅株式会社入社。2008年にビジネストレーニーとして台北に派遣後、2009年~1年間上海赴任。現在は化学品総括部 企画課。
(中)鈴木 威一(すずき いいち) 2002年政治経済学部卒。富士通株式会社入社。2009年~3年間英国Fujitsu Servicesに出向。現在は金融・社会基盤営業グループ 金融グローバルビジネス統括部に所属。
(左)山岸 健太郎(やまぎし けんたろう) 1999年法学部卒。住友信託銀行株式会社(現三井住友信託銀行)入社。社内トレーニー制度で1年間シンガポール駐在。その後東京での勤務を経てニューヨークに赴任。現在は本店営業第二部(法人営業/総合商社担当)。

【2013年7月1日公開】

旅先で危険に遭遇した時に、英語ができないとまずいと思った

どのような学生時代を過ごされましたか?また、その頃から海外志向がありましたか?
山岸 一言で言ってしまえば怠惰な学生生活でした。海外に対する意識は昔からありましたが、英語力が伴わなかったため、留学を経験することはできませんでした。海外に関することといえば、僕は法学部で国際法のゼミを履修していたので、その授業の中で多少は海外を意識して勉強することができたと思います。

 

鈴木 僕も、いかに効率的に単位を取っていくかということばかり考えていました。所属していた国際交流サークル(国際交流虹の会)では、留学生が銀行口座を開くのを手伝ったり、合宿などのイベントを開いたりしていました。また当時流行っていた紀行小説『深夜特急(沢木耕太郎著)』の影響を受けて、友達と夏休み中に1ヶ月くらいかけてアジア各国を旅行したりしていました。白木先生(政治経済学術院教授)のゼミでは、3年の夏にタイ合宿があり、それにかこつけて友達と香港からタイまで陸路で行きました。それが僕の最初の海外経験だったと思います。

 

荒木 学生時代はバイトに精を出していましたね。また、学部が理工系で、華やかな本キャン(早稲田キャンパス)とは少し雰囲気が違っていたので、いかに学生時代を楽しく過ごしていくかということを考えていました。英語に真剣に向き合うようになったのは、大学院に進学してからですね。当時所属していた研究室が海外の研究室と提携していたこともあり、英語で研究成果を発表しなければならないこともありました。その当時はきつかったですが、海外の研究者や教授と交流することで、この人たちは何を考えているのだろう、何か面白そうなこと考えているな、というように少しずつ海外の人の考えていることに興味を持つようになりました。就職先も商社に絞っていたわけではなかったですが、海外を見てみるのも良いかなと思い、今の会社にお世話になることにしました。

 

山岸さんと鈴木さんは当時英語の勉強はされていましたか?
山岸 やはり学生時代から海外に対する意識は強かったですけど、英語ができないというジレンマがずっとありましたね。大学4年生でニューヨークに旅行した時、英語が話せない自分をとても恥ずかしく思いました。英語をやらなきゃいけないと本気で思い始めたのはその頃からです。その旅行で、自分の未熟さを痛感し、今後世界の中で一人前に戦っていくには、やはり英語の勉強が必要なのだと感じました。

 

鈴木 僕も旅行先で自分の英語のできなさを痛感しました。インドに行った時に現地の人の言うことを理解できないと命に関わるという場面に遭遇した時は、やっぱり英語ができないとまずいなと思いました。本格的に英語を勉強し始めたのは、社会人になってからですね。最初に配属されたのは関西だったのですが、いつかはグローバルに働きたいと考えていました。

 


やる気、勢いがあったからこそ実現した海外赴任

実際に海外に赴任されるまで、どのようなプロセスを経たのでしょうか?
荒木 僕の場合は商社だったので海外志向が強い人も多いかと思いましたが、当時は僕の周りでは意外にも少なく、そんな中僕は「どこに行くかは分からないけど、それでもいいなら」という条件付の部門内海外研修プログラムに応募しました。結果、台湾に赴任することになりました。

 

赴任先が台湾と聞いた時はどんな気持ちでしたか?
荒木 ほっとしましたね。所属している部門は化学品を扱っていて、当時は中国の内陸に進出するという話だったので、「もしかしてウルムチかな」とも思っていましたから。

 

鈴木 僕は、始めは関西、大阪でしたが、公募で東京に移り、外資系金融機関を相手にシステム営業を担当していました。その頃社内で、ローテーションで若手を海外に派遣しようという計画があったので、その一環として僕もロンドンに赴任しました。

 

海外に行きたいと、自ら志願されたのですか?

鈴木氏 ロンドン赴任時

鈴木 そうですね。前々から海外には興味があったので、英語の勉強も学生時代に比べれば頑張ってやっていました。そんな折、上司から「海外に行きたいのか」と尋ねられることがあったので、その時は「機会があれば行きたいです」と答えていました。それが、意外に早く話が進んで、ロンドンに赴任することになったという形ですね。

 

山岸 僕も鈴木さんと同じで、最初の配属先は関西・神戸でした。勤務開始当初は、仕事に加え、新しい土地での生活に慣れるので精一杯でした。ただ、当時の先輩の中に海外勤務を経験された方がいて、その方から海外での経験を伺ううちに、自分もいつかは国外で働いてみたいと改めて思うようになりました。

 

海外勤務に向けての具体的なきっかけはどんなものだったのでしょうか?
山岸 その海外勤務をされていた先輩から、シンガポールのトレーニー(研修生)公募があるので、それに応募するのはどうかというお話を頂きました。ただその時は、すぐには返事をしなかったですね。というのも、その頃長年希望していた自分のやりたい仕事ができる部署にやっと異動させてもらったばかりで、すぐに海外希望を出してしまっては、ある意味上司を裏切ることになるのではと少し悩んだんです。ただ、このチャンスを逃したら次はいつ来るか分からないと思い、思い切って応募しました。

 

日本での仕事に未練はなかったですか?
山岸 特にはありませんでしたね。うちの会社自体がドメスティックな企業なので、いずれ日本に帰ってくることは分かっていたし、むしろシンガポールでの経験が自分の強みの一つにできるなと思っていました。だから、シンガポール行きが決まった後は、後ろを振り返らず、後任の人への引き継ぎをしっかりして、前だけを向いていましたね。

 

海外赴任が決まるまでに、試験などがあったと思いますが、なぜ自分が選ばれたと思いますか?

山岸氏 旅行先、ブラジル/リオ・デ・ジャネイロにて
現地で知り合った人々とサッカーをし、名物シュラスコを一緒に。

 

山岸 強いて言うなら勢いですかね。当時英語は全く勉強しておらず、面接の際に英語の勉強について尋ねられた時も「毎晩、映画を一生懸命観ています!」とだけ答えました。英語はツールであり、結局コミュニケーションをするのはハートだから、自分の言いたいことは絶対伝えられると思っていたし、面接でも「いずれ慣れます。僕の言いたいことは絶対伝わります!」と言い切りました。そういう勢いがあったからこそ自分が選ばれたのだと思います。

 

鈴木 僕も山岸さんのように、「勢い選抜」かもしれません。選ばれた理由が英語力ではなかったのは確かですね。やはりやる気が一番評価されたのだと思います。真面目に仕事をやれるかどうかや、環境が変わっても耐えられるかどうかです。英語力に関しても、その後の伸びしろを期待された面が大きかったですね。

 

荒木 僕の場合も同じで、やる気が買われたのだと思います。台湾への赴任が決まったのが出発の半年前、時間的にもまだ余裕があったので、中国語を勉強しようと思ったのですが、日本で勉強すると発音がおかしくなるからするな、と言われ結局中国語を勉強せずに台湾へ行きました。ただ台湾には日本語を話せる方が多くて何とかなりましたね。

 


日本人とは違ったコミュニケーションの仕方に気づくことが重要

赴任先での仕事内容はどのようなものだったのでしょうか?
山岸 僕は、シンガポールでもニューヨークでも、海外に進出している日系企業への融資を行っていました。だから、見る書類は英語でも実際に話をする時は日本語で、というケースが多かったですね。書類に関しては辞書さえあれば読めるし、英語でのメールも時間をかければ書けるので、なんとかなりました。ただ、リーマンショックを境に周りの環境が変わりましたね。どの企業にとっても、日本人を現地に派遣するのはコストのかかることだったので、英語を使って現地の人々を相手に仕事をする機会がとたんに多くなりました。その頃から、英語で電話をしたり、英語を使って会議に参加したりしなければならなかったので「ビジネス・サバイバル・イングリッシュ」の習得に努めました。

 

英語でのミーティングに慣れるのには苦労されましたか?
山岸 多少苦労しましたね。ただ、そういう会議では得てして専門用語が多く使われるので、それらをしっかり理解できれば何とかついていけました。また、アメリカ独自のコミュニケーションの作法を認識できたことで、会議での理解も進みました。例えば、アメリカ人は自分の言いたいことを、手を替え品を替え、何度も繰り返す傾向があります。だから会議で一度聞き逃しても、それほど慌てる必要はないんですよね。そのような日本人とは違ったコミュニケーションの仕方に気づくのも重要だと思います。

 

鈴木氏 出張先のスウェーデンにて

鈴木 僕も山岸さんと同じように、日系企業を相手に仕事をする機会も多くありました。ただ赴任先がイギリスの会社を買収してできた会社で、社員はイギリス人が大多数。日本人は少数派だったため、イギリス人に何かをしてもらおうとする時や、会議に出席する時は必ず英語が必要でした。だから家に帰ったら常にBBCを見ていたり、朝はラジオを聴いたりして英語力を鍛えていました。スペイン人やドイツ人は日本人と同じくネイティブではないので、彼らとの仕事は多少やりやすかったのですが、イギリス人との会話はスピードが速く表現も難しい。とにかくイギリスにいる間は英語が必要不可欠でした。

 

英語での会議に慣れるまでにはどのくらいかかりましたか?
鈴木 僕は丸3年かかりましたね。3年かけてようやく、重要な部分でイギリス人の会話を止めて意見を言えるようになりました。

 

荒木 僕は研修生の立場だったので、台北に赴任した頃は、半分会社、半分学校という形で過ごしていました。その頃は英語ではないですが現地の中国語の新聞を日本語に訳し、社内の関係者にメールで流すという作業をしていました。また現地の方を相手に化学品の新規開拓の商売をしていました。化学品は一物一価で価格の差別化ができないので、こんな機能がありますとか、ピンポイントに物を運びますとか、品物そのものの特徴よりも商社機能をアピールしていました。また相手に顔を売ることも大切だったので、飲み会に参加し、交流を図るようにも努めていましたね。

 

台湾と上海での現地の人の対応に違いなどはありましたか?
荒木 台湾よりも中国の方のほうが、何というか、良くも悪くも表現が直接的でしたね。営業に行った際も、「これ意味あんの?安いの?高いじゃん。じゃあいらない。もう来なくていい」みたいな感じでした。だからいかにそこに切り込んでいくか、というのが自分の中で大きなテーマでしたね。現地の方と一緒に営業に行った際も、「こういう表現は結構使えるな」とか「こういう返事にはこう切り返せばいいんだな」というようなことを一つひとつ勉強していきました。

 


日本人としての誇り、そして異文化に対する理解の重要性を痛感した

海外赴任の中で、最も苦労したことは何ですか? また、海外に滞在する中で、最も大切なことは何ですか?
山岸 苦労とは少し意味合いが違うのですが、海外赴任したことで、日本人としてどうあるべきかについて考えさせられましたね。海外の人たちと接するなかで、日本人はもっと自分の国を知るべきだし、自信を持つべきだと思いました。アメリカでたくさん知り合いができたのですが、向こう(アメリカ)の人たちは「自分たちの国、故郷が一番だ」というように、故郷についての話をたくさんします。彼らは自分たちのルーツ、生まれ育った場所を本当に誇りに思っていましたし、それぞれの文化、歴史に対してしっかりした知識を持っていました。かたや、自分を含め日本人は、海外の人から日本の歴史や文化について質問された時に、しっかりした返答ができるかと問われれば、僕は「できない」と思います。やはり留学や海外赴任をする際に、自国について正しい知識を持っているかどうかは、実際海外に行った時に大きな差になると思いますね。海外に行く日本人は、母国についてしっかりとした知識を蓄え、それを誇りに思うべきです。変に卑屈になってしまうと、物事はなかなかうまくいかないですから。営業でも自分の会社について尋ねられた時に「全然大した会社じゃありませんよ」なんて言ったらだめですからね。自分の会社に誇りを持つのと同様に、日本に対して誇りを持つべきです。

 

日本人は謙虚すぎるのでしょうか?
山岸 そういう面は多少なりともあると思います。日本人の中には、アメリカと聞くと「ナンバーワン」という印象を持つ人も多いとは思いますが、実際に一対一で仕事をさせると、日本人の方が仕事の処理能力は高いと思います。ただ、もっと日本人は打たれ強くなる必要があります。アメリカ=ナンバーワンと思うのは、ある意味、日本に誇りを持てていない証拠だと思います。自分の国についての知識を蓄え、海外の人に自慢できるくらい誇りに思うことで、もっと打たれ強くなれるのではないでしょうか。

 

鈴木 一番大事なことは、相手の国の文化を知ることですね。日本人はアメリカとヨーロッパを「欧米」として一括りに語ることが多いですが、例えばヨーロッパの人は、自分たちはアメリカ人と全く違うと思っていますし、イギリス人は、「ヨーロッパ」とは大陸ヨーロッパのことで、自分たちがヨーロッパに属しているとも思っていません。このようなそれぞれの文化的事情や感覚をしっかり認識する必要がありますね。

 

異文化に対する理解が一番重要だということですね。
鈴木 そうですね。特にヨーロッパのように複数の文化が共存する地域に赴任する場合はなおさらです。その国の歴史、文化、気質などをしっかり理解しておかないとその地域の人々と仕事をするのは難しいです。例えば、イギリスとスペインは基本的にあまり仲が良くないのですが、そこにはアルマダ(無敵艦隊)の海戦やジブラルタルの領有問題など、歴史的・政治的な背景があるということを知っているか否かでは、会話の理解が全然違います。あとは、ドイツ人は真面目で仕事が正確、南欧の人は良くも悪くも非常におおらか、などの国民性を把握すること。そのような赴任先の文化的、歴史的背景や社会構造を理解しておくことが、仕事をするうえで重要ですね。

 

荒木 やはり僕も、異文化理解の重要性はすごく感じましたね。特に台湾は中国との間でかなり複雑な歴史を経てきているので、営業の際のちょっとした会話にも気を遣わなければなりませんでした。その辺りが日本とは異なる点ですね。やはり日本は民族紛争などの種々の対立からある程度守られてきた国なのだなと思いました。

 

上海に勤務された時はいかがでしたか?

荒木氏:旅行先の中国のハワイ「海南島」にて

荒木 上海に行ってからは、台湾時代とはまた異なる目線や現地の人の考えに気づかされましたね。中国というと反日デモなどの暴動が頻発しているイメージがありますが、現地の人の中には「あれはただのガス抜きなんです」「政府によって仕向けられているだけです」と言う人もいます。特に僕のお客さんなんかは結構冷めた目で見ていました。そして、中国はとても大きな国なので、一口に中国と言っても、南と北では方言も違えば考え方も異なります。現地では「北と南の人は方言が違いすぎて会話ができない」と言われているくらいです。そんな巨大な国の中で、自分は日本人として何ができるのだろうと常に自問していました。自社の商品にいかに付加価値をつけて売るかということが、苦労というよりは一番面白みを感じましたね。

 

やはり異文化の理解は大切なことなんですね。
山岸 そうですね。僕が一番印象に残っているのは戦争について認識の違いですね。僕たち日本人は、唯一の被爆国として、原爆に対する教育をある程度に受けて育ってきたので、考え方の違いはあるにせよ原爆に対してはそれなりの思い、考えがあると思います。ただアメリカ人は原爆に対して日本人ほど深い考えは持っていないんですよね。彼らからしてみれば、原爆のおかげで戦争が終わったから良いじゃないかという感覚なんです。むしろアメリカでは、12月8日の日本による真珠湾攻撃の特集などが未だに放送されていたりします。原爆にしても真珠湾攻撃にしても、やられた側の方がやった側よりも、そのことにまつわる記憶は深く刻まれるんですよね。歴史の事実は1つだけれども、その捉え方は国によって異なります。だからそのようなことを知らずに海外へ飛び込むと、痛い目に遭うと思いますね。

 

最後に早大生へのメッセージをお願いします

山岸 最近若い社員が会社に入ってくるのを見て感じるのは、英語を話せるのはもう特別ではないということです。英語を話せることはある種のスタートラインのように感じます。だから、英語に加えてもう1つ2つ、自分の強みを持てるといいですね。また、若いうちに海外の文化に触れておくことは本当に大切だと思います。日本は島国なので、多様性という点では他の国に劣ります。ですので、積極的に海外に出て様々な文化を吸収すべきです。そしてその際に、日本の歴史や政治に関する知識や自分なりの考えをちゃんと持っていく必要があります。先入観を持て、というわけではありませんが、ある程度思想的に武装していった方が、海外の人とも渡り合えますし、得る物も大きいと思います。世界を意識しつつ、日本人としての誇りをしっかり持って、頑張ってほしいですね。

 

鈴木 積極的に海外に出るべきというのは、荒木さんと一緒ですね。お金と時間に余裕があるのなら、留学や海外旅行は積極的にすべきです。やはり海外に出ることによって自分を客観視できると同時に、日本も客観視できると思います。今現在いろいろな国際問題がありますが、やはり「自分の国が一番」という思想だけではダメですね。「自国と比べて海外はどうだろう」、という視点を欠いてはいけません。そのような視点を育むためには、やはり海外で暮らしてみることが一番早いと思います。また海外で直面した日本との違いを否定するのではなく、なぜそこに違いがあるのだろう、と考えていくことが非常に大切です。

 

荒木 学生時代にしかできないことをしてほしいですね。個人的にはできるだけ長く海外に滞在することをお勧めします。短期の観光目的の滞在でも楽しめますが、その国の表面的な部分しか見ることができません。しかし、1ヶ月も滞在するとその国の文化のディープな部分をある程度知ることができます。そしてその先には、先にお二人が述べたような、「日本を客観視する」ことができていくと思います。早大生には学生のうちにしかできないことに積極的に取り組んでほしいと思います。

 

編集後記

終始和やかな雰囲気で質問に答えて下さった荒木さん、鈴木さん、そして山岸さん。ご自身の学生生活や海外赴任の経験をもとにしたお話はどれもユーモアに富んでいて、楽しみながらインタビューを行うことができました。その中で、お三方は「日本人としての誇り」と「異文化理解」の大切さについて、何度も言及されており、特に海外で働く際には、この2つの要素が非常に大切であるというお話にははっとさせられました。普段日本で生活している限りにおいては、自分が日本人であることを強く意識することはあまりありません。しかし一旦海外に出ると、「自分が日本人である」ことは、とても重要な意味を持つのです。だからこそ、海外の人に対し、自分が日本についてどう考えているか、自らの言葉でしっかりと語れるようになることが重要なのだと認識をあらたにしました。

森 雄志(政治経済学部2年)